再会と据え膳。
ほろ苦い思い出に続きのストーリーがあるとしたら…?と想像してみました。
15年ぶりに高校時代の元カノに会った。
一つ年上の、高校の時の部活の先輩。別れてからもう20年、いや18年なる。
最後に会ったのは、5年前のOB会。そのときまともに会話をしなかったので顔を見ただけのようなものだったけど。5年ぶりに顔を見ることになる。
二度も振られたけど、また話してみたいと思っていたので、かつてのクラブ仲間との再会よりも、それを楽しみに出席した。
元カノの名前は土屋芽衣。竹を割ったようなまっすぐでハッキリした気性と、ぶっ飛んだことを言う変人じみた部分を併せ持つ。それでいて繊細な一面もある、実に不思議な女性。外見は、小柄で、黙っていればかなりの美人だ。気は強いが一緒にいると退屈しない。
仲間との挨拶もそこそこに会場に視線を走らせる。見つけた。黒いワンピース。今も黒が好きなんだ。以前に比べて、少しふっくらしたみたいだ。俺もウエストが一回り大きくなっているから、そんなもんかな。
今回のOB会は立食パーティー。あちこちでグラスを合わせたり談笑している。芽衣も常に誰かと話していた。カクテルを手にして、一人になるタイミングを見計らって近づいてみた。よくわからないけど、ピンクのカクテルを選んだ。
口をきいてくれるかどうかという、基本的なところから若干の不安はあった。今も変わっていないならば、気に入らないとカクテルをひっくり返す程度は想定範囲内。しかし滅多にないチャンス。カクテルを差し出しながら声をかけてみた。
「久しぶり。変わってないね。どうぞ。」
「ありがとう。…勝だよね?久しぶりじゃん。」
一瞬、驚いた表情をしたが、カクテルグラスを受け取って、笑顔を見せてくれた。
よかった。ひっくり返されなくて。
本当は聞きたいこと、話したいことがたくさんあるけど、まず、これを聞いてみよう。
「今、なにやってるの?」
「3か月前に独身になったの。」
「おめでとう…。」
再婚したんだ…。
びっくりしていると芽衣が言った。
「何がおめでとうだよー。離婚したのよ~。」
早くも酔っているのか、ケラケラ笑う。
「イヤ、ごめん。聞き間違えて。」
「やっと落ち着いて、こうして話せるようになったのよ。」
「そうだったんだ。大変だったね。」
「勝は、どうしているの?結婚は?」
「法律事務所をオープンして、3年になるよ。…まだ独身だけど。」
「またまたぁ~。勝ならすぐ見つかるでしょ?」
俺を二回も振ったくせに言うか?
「付き合っても、結婚までは、なかなかね。」
「ふーん…。」
ニヤニヤ笑う芽衣。こんな表情、見たことなかったな。…と、思っていたら、肩にガシっと力がかかった。
「おい、勝。部長の俺よりも、こいつへのご挨拶が優先か?」
かつての部長の織田一希が肩に手を置いてニヤニヤしている。事情を特によく知っている上に、芽衣と仲が良いだけに、この人のニヤニヤは、かなりビミョーだ。
「あ。一希先輩。お久しぶりです。」
「一希先輩。また“成長”したみたいですね。」
「相変わらずだな。芽衣の毒舌も健在だな。」
軽くグラスをカチンと合わせると去っていった。
「芽衣ー。かんぱーい!」
「何ナニ~?久しぶりの組み合わせじゃないのー。」
「芽衣先輩。お久しぶりです~。」
女性陣もパラパラと挨拶に来た。
そのうち、それぞれの仲良しグループに声をかけられ、離れたまま二次会のカラオケでお開きになった。まだワイワイしている空気の中、視線を泳がせる。見つけた。まだ話したいことがあった。
「まだ時間ある?もう一軒行かない?」
「いいよ。」
「勝ー。送り狼かー?頑張れよ。」
「そんなんじゃないよ。」
仲間の冷やかしに顔が熱くなる。
バーのカウンターでカクテルを前に並んで座った。俺は水割り。彼女はカシスオレンジ。
何から話そう。
「離婚のネタでも聞きたい?」
「いや、その…。」
「いいよ、別に。子供ができなくてね。そこからぎくしゃくして、耐えられなくなって別れたの。10年ちょっとの結婚生活だったわ。」
「そうなんだ…。」
子供ができないことで、舅、姑その他親戚にまで色々言われたんだとか。元夫は、かばってくれなかったらしい。元夫と何度も話し合ったが、「言わせておけばいい」と言うだけで、かばうことはなかったと。
「俺だったら…。」
「俺だったら?」
「そんな思いさせなかった。」
「キスもしてくれなかったのに?」
腰が抜けそうに驚いた。顔だちもそんなに変わっていなかったが、ぶっとんだことを言うところも変わっていない。
キスどころか、押し倒したいくらい好きだったんだぞ。俺なりに芽衣を思ってのことだったんだぞ。あの時、大学受験を控えて、猛勉強していた芽衣。家庭がザワザワしている中、頑張っていた芽衣。
そんな彼女に、手を出す気になれなかった。…いや、手を出してショックを与えたくなかった。それ以上に、そんな時期にそんなことをして嫌われたくなかった。
何より、俺は芽衣に嫌われること、俺から離れていくことがこわかったんだ。手元からふっといなくなってしまいそうな奴だったから。しっかりつかまえておきたくても、どうしたらいいかわからなかった。
俺が何かやらかすたびに心配そうに叱ってくれるところも好きだった。俺が守る側になりたいと思いながらも、「アンタ、何やってんのよ!」と言われるのがうれしかった。俺のこと見ていてくれるって感じていたんだ。
手も握らなかった。初めて手に触れたのは、最初に振られた時。別れ話をして、立ち去ろうとした芽衣を引きとめようと手首を掴んだ時。
「やめて!私は仲直りしに来たんじゃないんだから!」
そう言って、もう片方の手で、俺の手を振り払った時。それが、初めて手に触れた時だった。
ずっと触れてみたかったその手は冷たくて、悲しくて、俺は凍ってしまいそうな気さえした。あの手の冷たさは、親父に殴られた時よりも、停学をくらった時よりも、何倍も堪えた。
「大事にしたかったし、嫌われたくなかったから…。」
「どうでもいいから、テキトーに付き合ってたんだと思ってた。」
「ひどいなー。俺、本気だったんだぞ。」
自分の言葉にびっくりした。落ち着けるために水割りをグイッと飲んだ。
「勝は、優しいけど…自分のことで精一杯で、私は入り込めないと思った。一度、やり直したいと思ったときも、そう感じた。」
そうだった。二回目の時に言われたんだった。「勝は自分のことばかり」って。自分のこと知って欲しくて、また以前みたいに叱って欲しくて、一生懸命に話していた。芽衣の話を聞こうとしていなかったと気づいたのは、電話を切られた後だった。
「…ごめん。」
「謝ることないよ。勝は悪くない。私が、無い物ねだりしていたんだから。」
「今の俺だったら、無い物ねだりさせない。」
「離婚したての女なら、簡単に堕とせるとでも思ってるわけ?」
「そんなんじゃないって…。」
俺ってどうしてこういう時、弱気なんだろ。もう少し手癖が悪ければ、肩に手をかけるくらい余裕だろう。
今日は手癖の悪い男になってやる!酒で勢いをつけよう。
水割りをまたグイっと飲み、芽衣の肩を抱き寄せる。
「ちょっと、勝?」
よし、うろたえているぞ。
「今日、泊まりで来ているから。ホテルとってあるんだ。」
言えた!言えたぞ!もう一声!
「泊まってけよ。」
言った!
酔っ払っているのと、びっくりしているのとで、フワーンとした表情で俺を見ている。
「てめー、ふざけたことしたら、カクテルぶっかけるぞー。」
「おいおい…。」
やっと言ったのに。芽衣はすっかり酔っ払っている。こんな相手に迫っていいのか?イヤ。俺は決めたんだ。今度こそ、芽衣をモノにする。もうないと思っていたチャンスだ。独身になりたての芽衣が俺の隣にいる。
抱き抱えるように千鳥足の彼女をホテルの部屋に連れてきて、ベッドに寝かせる。
どうしよう。酔っ払っているのは俺も同じ。途中で眠ったらシャレにならない。まあ、シャワーを浴びて考えよう。せっかくのチャンスだ。