最終話(打ち切りエンド)
早朝。
俺は街の入り口を出て、一面の草原を割って北へと伸びる、その街道の先を見据える。
この道を半日進んだところに、大魔法使いが住んでいるという村がある。
その村まで辿り着くことが、俺のファーストミッションだ。
でも、それはファーストミッションだけど、俺の中ではもうクライマックスもいいところだった。
半日。
半日ってことは、今が朝の9時だとして、到着するのが夜の9時ぐらいってことだろう。
モンスターの出る街の外を半日歩くことがどれだけ大変な事なのかは、俺はもう身を持って知っているつもりだ。
だから、秘密兵器も用意してある。
俺は道具袋の中に入ったアイテムを確認する。
そこには、『傷薬』というアイテムが2つ、入っていた。
昨日の午後に道具屋を見に行って、手に入れたHP回復アイテムだ。
それは薄水色の液体が入った瓶で、1本が8ゴールドもした。
2本で16ゴールド。
おかげで所持金はまた、0だ。
昨日1日頑張った稼ぎを、全部はたいて買った切り札だ。
これでまた、武器や防具の新調が遠のいたわけだが、俺はこのアイテムにそれだけの価値を見出している。
ちなみに、あと6ポイントの経験値でレベルアップするのだから、それを稼いでレベルアップして、それでもう1日寝てから行こうかとも迷った。
でも、そのためにあと1日を待つのは、正直まだるっこしい。
だいたい、死んでも所持金が失われるだけで、街に転送されて復活できるなら、所持金0で街を出れば、ほぼリスクはないとも言える。
復活のための所持金が足りなかったとしても、復活してもらえなかったり、借金を負わされたりすることはないことは、確認済みだ。
この世界は、挑戦者に優しくできているのだから、それに乗ってやればいい。
「──よし、行くぞ」
俺は決意を胸に、その一歩を踏み出す。
はっきり言って、街の周辺に出てくる敵は、もうさほど脅威ではなかった。
殺人バッタ、スライム、スライムと遭遇するが、1戦闘ごとに1点か2点かのダメージを受けるだけで、ほぼ損害なしに戦闘を切り抜けてゆく。
そしてその3戦目のスライムを倒したとき、レベルアップのファンファーレが鳴った。
『ユウトはレベルが上がった!
力が2ポイント上がった!
打たれ強さが2ポイント上がった!
素早さが1ポイント上がった!
魔力が1ポイント上がった!
ヒールの魔法を覚えた!』
…………。
……………………。
「『ヒール』の魔法キタァァァァッ!」
戦闘を終えて自由になった俺は、その表示を見て歓喜の声を上げた。
だってこんなもん、HP回復魔法に決まっている。
待望の回復魔法だ、嬉しくないわけがない。
──いやいや、待て待て。
魔法のネーミングだけで決めつけるのはよくない。
ぬか喜びして、実はバッドステータス回復の魔法でHPは回復できませんとかだったら、目も当てられないことになる。
俺はステータスウィンドウを開き、習得している魔法を確認する。
『ファイア』と『ヒール』があるので、『ヒール』を選択。
するとメッセージウィンドウに、『味方単体のHPを回復する。消費MP:3』と表示された。
よしよし、ぬか喜びじゃないぞ。
まぎれもなくHP回復魔法だ。
でも、消費MPが3か……。
今のレベルアップで最大MPは8に上がっていたけど、MPの現在値はレベルアップ前の6のままだ。
いずれにせよ、2回しか使えない。
そして2回使ったら、『ファイア』の魔法が使えなくなる。
むむむ……。
まあでも、これで大幅な戦力アップになったのは間違いない。
最大HPも24から28に増えていたし、攻撃力は16から18に、守備力は12から13に増えている。
よーし、待ってろよ、北の村の大魔法使い。
もうすぐお前のところに行ってやるからな。
──と、レベルアップでテンションが上がったのは良かったが。
雑魚との戦闘も、戦闘を重ねるごとに、徐々に厳しさが見えてきた。
ちまちまとしたダメージでも、重ねれば徐々に累積してくるわけで。
時刻がもうすぐ夕方に差し掛かろうという時分。
街を出て、そろそろ十戦ぐらいこなしたんじゃないかという頃には、俺の残りHPは7まで減少していた。
もうすぐ夕焼け風景が広がりそうな草原の道は、かなり先の方で、横切る川と交差している。
その川には橋が架けられていて、橋の向こう岸からは、また街道が伸びている。
そんな場所で、俺はついに1回目の『ヒール』の使用に踏み切った。
『傷薬』もあるが、安いアイテムではないのだから、できるならば温存したい。
北の村まで、手持ちのMPだけで事を済ませるのならば、それに越したことはない。
『ヒール』の魔法を使用すると、俺の体を清涼な光が包み、7しか残っていなかったHPが、最大値の28まで回復した。
よっし、ここから全快とは、いい回復量だ。
そろそろ夕刻、ということは、もう道程の半分を経過したはずだ。
それでこの状態なら、北の村までは、かなり余裕を持って辿り着けるはず──そう思った。
だけどそんな楽観視は、次の戦闘であっさりと揺らいだ。
橋を渡って、向こう岸の陸地を歩き始めてから、最初の戦闘。
いつものように空間の裂け目から、モンスターが出てくる。
だがそれは、見たことのないモンスターだった。
あれ、何て言ったっけ……だんご虫じゃなくて、芋虫じゃなくて……
──そうだ、アルマジロ!
あの、アルマジロを体長1メートルにして、堅い岩のような灰色ばった色に変えた、そんなモンスターだ。
それが1体、ごろんと裂け目から出てきたのだ。
『ユウトはどうする? ▼戦う 防御 魔法 道具 逃げる』
ここに来て、初見モンスターかぁ……。
本当に、『どうする?』って感じだ。
強さが分からないから、最初は『ファイア』でも使って安全を取りたいところだが、何しろMPが残り3しかない。
消費MPが2の『ファイア』を使ったら、もう消費MPが3の『ヒール』は使えなくなるし、『ファイア』自体もそれで撃ち止めになる。
一応、『傷薬』は温存してあるから、『ヒール』が切れても対応はできるだろうが……でも、ここでMPを使っちゃうのは厳しいだろうな。
あの橋を渡ってすぐの、初戦がこれだ。
おそらくは、橋からこっちが新しいエネミーゾーンなんだろう。
俺は結局、ここは温存をするべきだと思い、『戦う』を選択。
攻撃対象は『岩アルマジロ』……うわぁ、なんか防御力高そうだな。
でも四の五の言っていても仕方ないから、そのまま決定をする。
彩度が戻った世界、まずは俺の先攻だ。
俺は、今や相棒として馴染み深さを持ったトゲ棍棒で、岩アルマジロをぶん殴る。
防御力は高そうな予感がするが、こっちだってトゲ棍棒だし、レベルアップでも攻撃力は上がっている。
行ける──行ってやれ!
ドカッ!
『ユウトの攻撃! 岩アルマジロに4のダメージ!』
俺の一撃を受けて、岩アルマジロのHPゲージが半分近く削られる。
でも、たった4ダメージ、半分すらいかないとか──くっそ、こいつマジで硬い。
対する岩アルマジロは、その全長1メートルほどの巨体でゴロゴロと転がって、そのままの勢いで体当たりしてくる。
ドゴッ!
『岩アルマジロの攻撃! ユウトは3のダメージを受けた!』
痛った、3ダメージか。
もうスライムや殺人バッタからは2以下のダメージしか受けなくなっていたのだが、さすがにそう甘くはないか。
次のターン──もうこの応酬を、俺は勝手にターンと呼んでいるんだけど。
先に動いたのは岩アルマジロで、その体当たりで俺に3ポイントのダメージを与えてくる。
自分のHPの残りを見ると、最大値の28から6が削られ、22に減少していた。
まずいな……減りが早い。
一方の俺の反撃は、岩アルマジロに5のダメージを与えたが、倒すにはわずかに至らず。
次のターンに先制で攻撃して、ようやくこの難敵を撃破することに成功した。
『岩アルマジロを倒した! 5ポイントの経験値を獲得! 4ゴールドを手に入れた!』
ふぅー……。
ここから先、なかなか、厳しそうだな。
俺は夕焼けがかってきた空を見上げ、思案する。
ここからあと、北の村までに、何回の戦闘に遭遇するのか。
それでもおそらくは、村まで辿り着けると思う。
まだ『ヒール』1発分のMPを残しているし、いざとなれば『傷薬』だってある。
だけど、もしそれで間に合わない状況になるようなら。
これ以上深入りする前に、ここで一旦帰還して──いや、それはないか。
まだまだ全然余裕はあるんだ。
こんなところで引き下がるほど、チキンになる必要はない。
俺はそう、迷いを断ち切り、さらに前へと進んでゆく。
橋を渡ってからの遭遇は、やはり難敵揃いだった。
スライムと殺人バッタのコンビ。
スライムが3体。
殺人バッタが2体。
しまいには、岩アルマジロとスライムのコンビなんてのも出てきた。
まあ難敵とは言っても、勝てないわけじゃないのだが、橋を渡る前と比べて、1回の戦闘で削られるHPの量が、段違いに増えた。
1回の戦闘で10ポイント近くものHPを失い続けた俺は、早い段階で2発目の『ヒール』を消耗してしまった。
そして、『ヒール』を使い切ってから、2戦闘の後。
残りのHPが14まで減り、切り札の『傷薬』を使わざるを得ないかと思い始めた頃に──街道の向こう、遠目に村の灯りが見えてきた。
あたりはというと、もう真っ暗闇に閉ざされようとしていた。
村まではもう、あと1時間もかからないだろう。
だけど、それまでに敵に遭遇しないとは限らない。
残りのHPは14だ。
ここまでの戦闘で、一番ダメージを受けたのは、スライム3体との戦闘。
スライムでも3体もいると侮れず、その戦闘では、トータルで11ポイントものダメージを受けてしまった。
それでも残りHPが14もあれば、多分、ほぼ間違いなく、もう1戦闘は乗り切れると思う。
だけど、一抹の不安が残るのも事実だ。
ここで『傷薬』を使ってしまうべきか。
──いや、いやいや。
大丈夫だ、14あれば耐えられる。
それに、本当にいざとなれば、戦闘中に『傷薬』を使うということだってできるんだから、大丈夫のはずだ。
8ゴールドは、高いんだ。
そう軽々に使うべきじゃない。
そう判断して、俺はそのまま村の灯りへと向かって歩いてゆく──
──そして、結局戦闘は起こらずに、村まで辿り着けた。
「つ……着いた……」
真夜中に村の門をくぐり、俺はどっと感じた疲れを、ため息にして吐き出す。
ようやく着いた……キツかった……。
でも、苦労しただけあって、達成感がハンパない。
ようやくここに辿り着いたんだっていう実感が、今すごく心地いい。
「──あの、勇者様……ですか?」
その、村の入り口で佇んでいた俺に、ランタンの灯りを手にした一人の少女が話しかけてくる。
その野暮ったいローブに身を包んだ少女は、大魔法使いアンブローズの愛弟子で、病に侵されたアンブローズの代わりに、俺と一緒に冒険することにもなるのだが──
その話は、またの機会があれば、することにしようと思う。
ひとまず、今回の俺の冒険の話は、ここまでにしよう。
それじゃ、また。




