あっさり終わった
上のドタバタは思ったより早く終わった。
ホントに雑魚だったんだな。俺じゃあ死んでるだろうけど。
この船に乗ってから腹筋背筋鍛えてるし、甲板の掃除でジョギングしてるから体力だけはついたと思う。
でも、戦えるわけじゃない。
ナイフを持たされてるけど、投げ方なんて知らないし、振り回して逃げるのが精一杯だろう。
…俺、海賊になったんだよな?こんなんで大丈夫なのか?
「おい。エール。」
「はいっ。」
自分の無力っぷりに黄昏てたら、船長から命令が出た。
反射的に返事をして、慣らされたなー。とまた黄昏そうになる。
しかし、そんな暇はない。
船長の命令は迅速に確実にこなさなければならないのだ。
返事をしてジョッキを受け取ると、すぐさま船長室を出る。
一応周囲を警戒してみたものの、誰にも会わずに上の食堂にたどり着いた。
ここの船は変わっていて、甲板の真ん中、メインマストから後ろにかけて一段高くなっている部分に厨房と食堂が設置されている。
デカい帆船だから、ガレオン船みたいな作りかと思ったんだけど、船長室でも可笑しくねえ位置に食堂があるってどういうことだ?
しかも、その食堂から階段下りてぐるっと一周しないと船長室にたどり着けないとか。迷路かよ。
俺の知ってるガレオン船だと、中央下部に竈が設置されていたり、煙突が無くて煙たそうだなって調理場が多い。
でも、この船は違う。船の後ろから煙が吐き出されるようになってるし、飲み物や当日の食糧を冷やしておく保管室もある。
食糧庫は船底だけど、そこも冷蔵なんだよな。
中世くらいの文化だと思ってたけど、生活用品は結構発達してるみたいだ。
おかげで船の上なのに美味いメシが食えてすげえうれしい。
「すみません。」
「ああっ?この忙しい…ってサイか。船長か?」
「はい。エールのおかわりを下さい。」
「船長の機嫌は?」
「いつも通りです。」
「いつも通り不機嫌か?」
「はい。」
「ははっ。そうか。もうチョイかかるが、待っててくれって言っといてくれ。今夜はご馳走だ。」
「はいっ。」
エールのおかわりを受けとりながら、嬉しそうに元気よく返事をする。
やった。今夜はご馳走だ。
ご馳走なのは、お宝が手に入った時か、相手の食糧を分捕った時くらいだ。
船長とお姉の会話で、襲ってきた相手が同業者だってのはわかったし、返り討ちにしたんなら当然もらえるもんはもらっただろう。
航海中は積まれた食糧だけで生きぬかないといけないからな。
臨時で食糧が補給できるなら、喜んでやる。
普段は腹の膨れるぎりぎりな量しか食えないし、ご馳走なんて滅多にないことだ。
これは今日は宴会だな。船長も喜ぶだろう。
意外だが、あの船長でも普段は良いもんなんて食ってない。
食事は船員の皆と同じものだ。
船に詰める量が限られてんだから、当たり前といえば当たり前だが、普段が暴君なだけに最初は驚いた。
まあ、代わりにちょっとしたつまみや酒は好きにしてるけどな。
それだって、厨房から止められたらやめてる。
胃袋握ってるのが一番強いってやつだ。船の上では特に。
だから、船において厨房の責任者は、副船長や船医と同じく船長に次ぐ発言権を持っているし、その責任は重い。
厨房から言われたことなら、船長も文句を言うことはほとんどないくらいだ。
まあ、あの船長だから「ほとんど」だけどな。
それだって、俺が受け流してりゃすぐ終わる。
「ただいま戻りました。」
「ん。」
「どうぞ。今夜はご馳走だそうです。なので、もう少し時間がかかるみたいですね。」
「おう。そりゃいい。」
「楽しみです。」
「おめえは初めてだったか?」
「?…はい。ご馳走にありつけるのは初めてです。」
「厨房が待たせるってことはな。かなり大量に分捕ったってことだ。きっと滅多にないご馳走だぞ。」
「…楽しみです。」
ご馳走の数々を頭に浮かべてうっとりすると、船長は珍しく楽しそうに笑っていた。
船の内部構造については、勉強した上で勝手に創作しております。
船の構造と矛盾する部分もあるかもしれませんが、魔法のある世界なので、魔法によって可能になってる部分があります。
それもいずれ描写したいと思っています。