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Episode7

俺と八雲はせっせと段ボールを開けては中身を取り出して整理整頓を繰り返していた。

 先ほどの話を境に、何か張りつめた空気が流れていた。

 これは、聞いてもいいのだろうか。


 ちらりと八雲を見ると、落ち込んだような、それでいて何か堅い石があるかのような表情を掴みとった。

 ええい、それでもこの空気がずっと続くよりかはましだ!

 「あ、あのさ……」


 俺は思い切って重たい口を開いた。

 「なんですの?」

 少し不機嫌そうにも思えたが、気にせず話を続ける。


 「さっき言ってたけど、どうして神崎を守ったりするんだ? 八雲も確かに強いけど、あいつは最強の能力者なんだろ?」

 俺が言うと、八雲は一旦作業の手を止めた。

 やっぱりまずかっただろうか。


 「いいわ、教えて差し上げますわ」

 俺はいつの間にか自分の作業の手も止まっていることに気づいた。

 無意識のうちに、これから話される八雲の話には集中して聞かなければならないと感じていたのだ。


 「朱莉様は……朱莉様は、心に深い傷を負っておられます。いつの日だったか、私と朱莉様ともう一人のクラスメイトで野外訓練をしている日のことでした。その時、既に才能を開花し始めていた朱莉様は、世間でも有名になってきていました」

 少し離れたところから他の街の人の笑い声が聞こえてきたが、次第にその音は遮断されて、八雲の話に呑み込まれていた。


 「その訓練は、三人で無人島へ行って、能力を駆使して一週間生き残るというものでした。もちろん教員が一人、島に配属されていたのですが。確か無人島に来て四日目。島での暮らし方にも慣れてきたころに、三人で川に魚を捕りに行ったのです。そこで私たちは見つけました。」

 八雲が一旦話すのを止める。


 俺も唾をのんだ。なんとなく、八雲の言わんとすることが分かった気がするからだ。

 「木々の中を越えて川に辿り着くと、川の中央の岩に何かが引っかかっているのを……。島に配属されていた教員でしたわ。一目見てもう死亡していることに気づきましたわ。」


 八雲の体は、小刻みに震え始めた。

 「私ともう一人の友達はその場に尻餅をついて動けませんでしたわ。朱莉様だけが唯一、冷静に教員を川から引き揚げて、テントまで運び、布を被せてましたわ。毎日教員が学校の方に連絡を入れていたのが途切れれば、すぐに救助は来ると、朱莉様が私たちを落ち着かせてくれました」


 八雲は斜め下を見つめながら続ける。

 「ですが、本当の恐怖はそれからでした。私は朱莉様に慰められ、すっかりと油断してしまいました。教員を殺した犯人が、まだ島にいるかもしれないという危険性に気づかず……」


 それを聞いて俺はハッとした。

 「夜中、テントで休んでいると物音がしたんです。風などではなく、明らかに人がいることが分かりました。その途端、私とクラスメイトは恐怖でまともに動くことが出来ませんでしたわ。朱莉様は様子を見てくると言ってテントを出ていきました」


 八雲は一旦そこで間をおいて言った。

 「情けないですわよね……いつも近くにいながら、窮地に陥ると怖くて何も出来ないなんて……」

 俺は何も言えなかった。


 「朱莉様が出ていってすぐ、辺りは静かになりました。私は友達と、今どうなっているのだろうかと話始めましたわ。そこから、恐怖は始まりましたわ……。一人の男が私たちのテントを襲ったのです。その男は恐らく筋力強化系統の能力で、私達三人で何とか組み立てた重いテントをいとも容易く破壊しましたわ」


 八雲の震えが少し大きくなった気がした。

 「本当に恐ろしかったんですわ……私と友達は抱き合って、助けてくれ、殺さないでくれと泣き叫びましたわ。なぜか、その男は私たちを殺すつもりはないと言い、朱莉様はどこだと聞いてきました。私たちは知らないと言いましたが信じてもらえず、何度か殴られましたわ……」


 小刻みに震える八雲を見て、もう話を止めたほうがいいのかもしれないと思ったが、俺はもう少し聞くことにした。

 この八雲がこれほどまでに怯えること、一体何があったのか俺は知りたかった。


 「少しして朱莉様が全速力で戻ってきてくれましたわ。ですが、当時の朱莉様はまだ発展途上。絶対解除も相手に直接触れないと使えない能力でした。その男は壊れたテントの鉄柱を持ち上げ、それを大きく振り回し始めました。筋力強化で人間離れした速さと力で攻撃する男に対して、朱莉様は守りに徹することしか出来ませんでしたわ」


 あの神崎が?

 幼少と言えど、それなりの実力はあっただろう。

 その相手も、かなりの実力者だったのか。


 「男のすべての攻撃を回避する朱莉様に対して男は痺れを切らし、私とクラスメイトを人質に取るような行動に出ましたわ。鉄柱を私達のすぐ近くに振りかざし、威嚇を行いました。先に限界を超えたのはクラスメイトでしたわ。彼女は立ち上がり、泣きすがるように男に掴みかかりました。そして……」


 信じられなかった……。

 こいつらは、そんな小さいころから、そんな恐ろしい目に遭ってきたのか。

 それでいて、今を生きているのか……。


 八雲はその続きを言わず、歯を強く噛みしめていた。

 一番悔しかったのは八雲だろう。

 その友達のすぐ近くにいながら何もできず、神崎に頼り切っていた自分に一番むかついているのだろう。


 「それからは、怒りで我を忘れた朱莉様がその男を徹底的に潰しましたわ……重傷を負った男はその場から逃げ去りました……」

 八雲の震えはいつの間にかなくなっていた。

 辛いことを思い出させてしまっただろうか。


 「それ以来、朱莉様は能力を使うたびにそのことを思い出し、辛く感じていらっしゃいます。トーナメントだって、本当は出たくないんです……」

 そうだったのか……。

 「ですが、あなただけは違いましたわ」

 「俺?」


 いきなり俺の話を出され、少し戸惑った。

 「あなたと戦っているとき、朱莉様は少し楽しそうでしたわ。あれからも、悔しいですがあなたの話ばかり……嫉妬してしまいますわ」

 八雲は子を見る母親のような優しい顔をして言った。


 「へえ」

 不意に女性の声が聞こえて、八雲と俺は咄嗟に振り返った。

 そこには、昨日襲来した女性、レノンが立っていた。


 「興味深い過去の話ね」

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