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Episode6

 「これは不味いな……」

 「かと言ってこれから代わりの人なんてどうやって……」

 診療所を出ると、街の人たちが集まって何かを話しているようだ。


 「どうかしたんですか?」

 俺はその中の一人に話をかけた。

 「いやー……もうすぐでっかい祭りをやる予定なんだが、さっきの騒動で大事な男手が何人かケガしちまって……」


 「ママー、お祭りやらないのー?」

 近くで小さな女の子が母親と思しき人に泣きついていた。

 祭りをよほど楽しみにしていたのだろう。


 だが、人が足りなくては準備も間に合わないだろう。

 「人でならここに」

 メルが大衆に向かって、俺の肩に手を置いて言った。


 は?

 「おお! 旅の途中なのに、すまない!」

 「本当にありがとう! 一人でもいると助かる!」


 街の人は好き勝手言いだした。

 「おい、メル。いいのか? 神崎の近くにずっといるんじゃなかったのかよ」

 俺はメルに不服そうな顔で尋ねた。


 「あれ」

 メルはある場所を指さした。

 その先には、神崎朱莉と元気になった瀬戸八雲が一番偉い人と思われる老人と話をしていた。


 「それなら仕方がないわ、私たちも何か手伝えることがあれば協力するわ」

 「私も、お祭りをやっていただけないと朱莉様と一緒に周ることが出来ませんわ」

 なるほど、あいつらも手伝いをするわけか。


 一緒に手伝いをしていれば、あいつらがどこで何をやっているかまで知ることが出来るだろう。

 今日はもう解散となり、祭りの準備は明日からということになった。

 俺とメルは話をするために、ミラージュへと足を運んだ。


 「いらっしゃいませ~」

 店に入ると、昨日と同じように可愛らしい幼女が俺たちを出迎えた。

 俺とメルは昨日と同じ席に着く。


 メルはメニューを手に取ってドリンクの欄を眺めていた。

 「おい、今度は普通のやつをくれ、頼む」

 昨日のような灼熱の飲み物はもうごめんだ。


 「え?」

 メルはなぜか驚いたような顔をしていた。

 これはネタだよな?


 「昨日一口も飲んでいなかったからもう一度頼もうかと思っていた」

 ああ、なるほどな。

 その心遣いは感謝するけど、俺は普通のが飲みたいな。


 メルは可愛い店員を呼び、注文をした。

 同じものを二つ頼んでいるようだったので、おそらく大丈夫だろう。

 「そう言えばメル、ここの世界には何度か来たことがあるんだろ? あのレノンって人は見たことないのか?」


 「ない。あんなに強い人は一度見たら忘れない」

 なるほど。確かに、レノンは能力で加速する八雲の動きを、何の能力も無しに反射神経だけで相手をしていた。

 尋常じゃない強さだろう。


 もしかしたら、神崎とも……いや、神崎には能力を無効化する能力がある。

 どんな能力者でも、それが何人がかりでも彼女に勝つことは不可能だろう。

 「おまたせしました~」


 店員が、満面の笑顔で飲み物を運んできた。

 「どうぞ~」

 本当に、この声のトーンは俺にマッチしている。


 どんなに落ち込んでいても癒されて穏やかな気持ちになってしまう。

 「ロリコン……」

 メルが何かをボソッと言った気がするが、よく聞き取れなかった。


 「それで、あのレノンってやつは何のために神崎を狙ってるんだ?」

 メルは一見コーヒーにしか見えない飲み物を一口飲んだ。

 「分からない。彼女を狙うことによってメリットがあるとは思わない。むしろデメリットでしかない」


 そりゃそうだろうな。

 街にも迷惑をかけてるし、神崎にはやられるしで世間体が悪くなるだけだ。

 だが、レノンのことは神崎も八雲も知らない様子だった。


 裏の組織とか、そんなものに所属しているのだろうか……。

 もしレノン以外にも、あのレベルの能力者がいたら……。

 「何を考えているの?」


 メルに声をかけられて、俺はハッとした。

 「何があろうが、私たちがやることは一つ。神崎朱莉を救うこと」

 「そうだな、あれこれ考えても仕方がないな」


 俺は一気にコーヒーを飲み干した。

 その後少しだけメルと話して、俺たちはホテルに戻った。

 今日はなんだか疲れてしまい、俺はシャワーを浴びてすぐ、ベッドに飛び込んだ。


 明日からは祭りの手伝いだ。

 小さいころは祭りなど行ったことが無かった。

 もちろん友達は誘ってくれたのだが、両親はそれを許してくれなかった。


 小学生の頃は、中学に向けて英語の先取りだなどと言って無理やり勉強をさせられていたのだ。

 だから、明日からのことは普通に楽しみだった。

 もしかしたら、祭りにも参加できるかもしれないな。


 俺は目を閉じて、ゆっくりと深い闇に呑み込まれていった。

 


 翌朝、目が覚めた。

 俺は眠たい目を擦りながら時計を見た。

 今は午前十時。


 メルとは午前九時に待ち合わせをしていた。

 完全に寝坊だった。

 この事実に気づくまでに若干のタイムラグが生じた。


 「うわ! やばい!」

 「遅刻……」

 「悪い悪い! ……って、え?」


 俺は声のする方向を向いた。

 俺の部屋に設置されている椅子に誰かが座っていた。

 「メル!?」


 なぜメルが俺の部屋にいるのだろうか。

 「おま、鍵はどうやって!」

 「転移」


 そんなことに能力を使うな!

 「いつからそこに……?」

 「時間になってもあなたがこないから、大分前からここにいた」


 ということは、長い間俺はメルに寝顔を見られていたわけか。

 「どうして起こさなかったんだ?」

 「あまりにも気持ちよさそうに寝ていたから」


 「と、とにかく悪かった。すぐに準備する」

 「そうね。もう準備のお手伝いに行かないと」

 数十分後には街の広場に集合しなければいけない。


 「ん、待てよ。メル、お前朝飯食ったか?」

 俺はふと浮かんだ疑問を投げかけた。

 「圭吾を待ってたから、食べてない」


 俺の心にぐさりと何かが刺さった。

 まさか、俺を待っていたせいでメルはご飯を食べられなかったのか?

 俺のせいで?


 「悪い! 俺のせいで空腹のまま作業に向かうことになって!」

 俺は顔の前で手を合わせてメルに謝罪した。

 するとメルは床に置いてあった紙袋を手に取った。


 「何だ、それ?」

 そんなものは俺に部屋には無かった。

 「朝食、持ち帰りしてきた。圭吾の分も」


 な、なんということだ。

 俺が寝坊をしたせいで迷惑をかけたというのに、自分だけで食べていればいいことだというのに、こんな俺に気を遣って二人分の朝食を買っておいてくれたというのか?


 メルは、俺が思っていた以上に優しい奴なのかもしれない。

 いや、世界を転々として人助けをしているくらいのやつだ。

 そこらにいる奴らより、広い心を持っているのは当然だろう。


 俺は準備を済ませて、出発した。

 広場に行く途中で、メルが買っておいてくれたサンドイッチを二人で頬張った。

 「おお、なんだこれ、上手いな!」


 パンとパンの間には様々な野菜が挟まれているが、それを齧って口に含んだ瞬間に一気に瑞々しさが増した。

 気持ちが一気にリフレッシュした気分だ。

 「ありがとうな」


 俺は改めてメルにお礼を言った。

 メルは俯いたまま何も言わず、サンドイッチをもう一口食べた。

 広場に着くと、もう殆どの人が集まっていた。


 「おお! 篠原にメル! 来たか!」

 筋肉隆々のスキンヘッドのおっちゃんがこっちに手を振っていた。

 「おはようございます」


 俺は笑顔で挨拶をした。

 「あら、おはよう」

 声をかけられ、振り返ると神崎朱莉と瀬戸八雲がいた。


 八雲は本当にいつも神崎の近くにいるんだな……。

 「本当は今すぐにでもあんたに決闘を申し込みたいところだけど、しばらくはお祭りのため、自重するわ」

 「ああ、永遠に自重しておいてくれ」


 神崎はまだ根に持っているのか……。

 俺は本当に神崎に敵わないと思っているし、何しろ自分の能力すら分かっていないのだ。

 「まあ、せいぜい他の方たちの足だけは引っ張らないでくださいませ」


 八雲が俺に嫌味を放つ。

 だが八雲の言うとおりだった。

 この中には能力を使って作業をする人もいるだろう。


 ただの人間である俺が手伝えることは物を運んだり、組み立てたりと言ったことぐらいだろうか。

 いや、それも能力で全部……。

 「メルは何をするんだ?」


 「私は、給水係」

 「なんだそれは」

 メルなら空間転移を使ってどんなに重いものでも一瞬で移動させられてしまいそうなのだが。


 恐らく、そう多用するものでもないのだろう。

 「ようし、篠原と瀬戸! お前らはこっちだ!」

 先ほどのおっちゃんに呼ばれ、俺はメルに一度別れを告げた。


 「ちょっ、どうして私が朱莉様とでなくこの男と!?」

 八雲がおっちゃんに抗議をし始めた。

 俺ってそんなに嫌われてるの?


 「神崎には他の仕事があるからな。お前らには商品の在庫とか、買い出しとかに行ってもらう」

 うっわー、つまんなさそー。

 「そんな、もっと私の能力を生かせる仕事はないのですか?」


 八雲は未だ諦めておらず、講義を続ける。

 「まあまあ、そう言わず手伝ってくれ」

 おっちゃんはそう言い残してこの場を後にした。


 八雲は長く、深くため息を吐いた。

 「仕方がありませんわね」

 漸く観念したのか?


 「さっさとやりますわよ」

 八雲は山積みにされた段ボールの一つを取った。

 これを開封して、物事に整理してけばいいのか。


 「そう言えばあなた、篠原っていうのかしら?」

 「そうだけど」

 「あなた、何者なんですの?」


 段ボールを開けながら俺に問いかける。

 何者って言われても……こっちの人に別世界から来たなんて言ったらどう思われるのだろうか。


 俺は色々と迷った挙句、無難な答えを選んだ。

 「別に、普通の人だけど」

 八雲はちらりと俺の方を一瞥して、ふーんと言った。


 「どうして朱莉様にあのようなことを?」

 あのようなこととは恐らく、喫茶店での一件だろう。

 まあやったのは俺じゃないんだけどな。


 「あれは……えーっと、本当に手が滑っただけで」

 これは流石に信じてもらえないだろう。

 だが、八雲は何も言わずに作業を進めていた。


 「八雲は、どうなんだ?」

 今度は逆に俺から聞いてみることにした。

 「八雲って……どうして下の名前で呼ぶんですの? ……まあいいですけど」


 初めの頃は名前しか知らなくって仕方が無く立ったが、今更帰るのも面倒くさい。

 「私が、何だっていうのかしら?」

 「八雲っていつも神崎の近くにいるイメージだからさ。昔からの友達かなんかなのかなって」


 俺は自論を述べる。

 だが、さっきまでとは打って変わって、八雲の様子が豹変した。

 「朱莉様! そう! これは話すと長くなるのですが!」


 八雲はいきなり目を輝かせ、作業そっちのけで神崎朱莉との今までを語り始めた。

 どうやら大分小さいころから神崎と出会っていて、神崎の強さとカッコよさに惚れてずっと付き従ってるとか。

 ただのストーカーにも見えるが、本当に神崎のことを尊敬しているようだった。


 幼馴染……か。

 「だから、昨日の輩みたいな朱莉様を脅かす人は、私が許しません」

 八雲の瞳は真剣な眼差しをしていて、何か思うところがあるみたいだった。

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