Episode5
神崎朱莉はしっかりと俺の左手首をロックしていた。
今絡まれたくなかった……。
「見つけたわよ、ずっと探してたんだから」
「はぁ……一体何だってんだ……」
俺は観念して神崎朱莉に向き合う。
いつも通り、不機嫌そうな顔をしている。
「ああ! 朱莉様! そんな汚いものを触らないでくださいませ!」
神崎の後ろから八雲が切羽詰った表情で走ってくる。
俺の手首はそんなに汚くないぞ。
「今度こそ逃がさないわよ。まだ勝負は終わってないわ」
「いや、俺の完全敗北です。これでいい?」
面倒くさかったので、俺はメルのように無表情を作って棒読みで言い捨ててその場を去ろうとした。
なんせまだ食べてないスイーツが山ほどある。
「ちょっと! まだあんたは能力すら見せてないのに負けを認めるって言うの!?」
神崎は手を離さずに俺に着いてくる。
「お前最強の能力者なんだろ? さっきの試合も見たし俺に勝ち目はねえよ」
これは本心だった。
あんな勝負見せられたら戦う気など起こるはずもない。
「いいえ、あんたは私の攻撃を確かに躱したわ。確実に当てたはずなのに」
ああ、それはな、メルっていうやつが助けてくれたんだ。
そう言えば帰ってくれるのかと思ったが、多分ないだろうな。
「その男の言う通りですわ朱莉様! 朱莉様に勝てる人なんてこの世には存在しませんもの!」
後ろで八雲は目をキラキラと輝かせながらぺらぺらと神崎の素晴らしさを讃えていた。
神崎は無視しているのか無反応だ。
「とにかく、もう一度私としょ……」
「キャー―――――!!」
近くで女性の叫び声が聞こえてきた。
声の聞こえた方向を向くと、何かが崩れる音が聞こえてきた。
どうやら商店街の店が壊されているらしい。
暴動か!?
俺はすぐさま音の聞こえた方向へと走り出した。
神崎と八雲も真剣な眼差しで壊れた店へ向かう。
メルは多分、もうテレポートで移動したのか?
近辺まで来ると、倒壊した無残な店の姿があった。
そしてその店の前に立つ、一人の少女。
上下黒色の服装で、シャツが短く大胆にへそが見えている。
首には季節外れもいいところ、マフラーを巻いていた。
アッシュグレーで毛束が太く、なんというか猫っぽい。
彼女が店を壊したのか?
「そこのあなた、一体何をしたの?」
神崎がその少女に歩み寄る。
少女は神崎を一瞥して、戦闘態勢に構える。
「見つけたわ、神崎朱莉。抵抗しないでいてくれると助かるんだけど」
狙いは神崎か!
「まだ私に挑むようなバカがいるとはね」
「朱莉様」
神崎が今にも戦いをおっぱじめようとしたが、八雲がそれを静止した。
「ここは、私にお任せください」
八雲はいつものようなふざけた様子は見られず、尋常じゃない殺気を感じた。
「テロリストですか。私、瀬戸八雲が成敗しますわ」
「あなたは邪魔よ」
二人が戦いを始める、というのが伝わったのか、今まで外で見ていた野次馬たちはどこかへ走り去っていった。
「行きますわ」
八雲がそう告げると、俺の視界から彼女の姿が消えた。
いや、正確に言うと残像のようなものが見えてはいた。
八雲はいつの間にか猫のような少女の懐に潜り込んでいた。
「はや!」
「八雲のスピードは半端ないわよ。私でもたまに追いつけないもの」
神崎は俺の近くに歩み寄り言った。
その表情はとても安心しきったもので、いつもの狡猾さは消えていた。
こういった表情も出来るんだな。こっちの方がよっぽど印象いいと思うが。
八雲はどこからかサバイバルナイフを取り出し、それを少女目がけて突き出した。
あまりにも早すぎて目では追いきれなかったが、鈍い金属音が聞こえたと思えば八雲は再び残像を残して後方へ飛んだ。
少女は無傷だった。防いだのか、今の。
「驚きましたわ、私のスピードについてこられるなんて」
「少し驚いたけど、大したスピードでもない」
彼女は一体どうやってあのナイフの突きを防いだ?
彼女の能力は全くもって不明だ。
「あら、まだ全力なんて出していませんわ」
八雲はナイフを両手に持ち、再び八雲に突進した。
さっきよりも残像が長く見られた。
瀬戸八雲。こいつの能力は加速か。
八雲は今度は少女の後ろに回り込み、ナイフを上から下へと振りかざした。
だが、それもまた鈍い金属音がしただけで、八雲はもう一度間合いを取った。
「嘘……」
神崎は驚いた顔をして声を洩らした。
「今のスピードについていけるっていうの?」
確かに、今の動きは完全に捉えることが出来なかった。
俺なら気づかないうちにやられていただろう。
それなのに彼女は死角に入った八雲を確実に捉えて防御をしたのか。
「その程度かしら。時間が無いから終わらせるわよ」
そう言うと、彼女の周りを渦巻くように白金の粉が現れた。
何か、仕掛けてくる!
「くっ……」
八雲は彼女の攻撃を警戒してか、高速で平衡移動をした。
残像によって、八雲が六人に分身した形となった。
確かに、八雲は早い。
けど、この少女はそれを上回る、何か恐ろしい感じがする。
白金の粉はやがて形を持ち、その姿を現し始めた。
鉄?
「錬金型能力……彼女は金属を生成することが出来るのね……それも、色々な金属をブレンドして作られた合金。強度はかなりのものね」
神崎は彼女の能力式を読み取ったのだろう。
彼女の能力の分析結果を俺に教えてくれた。
だが、神崎は決してこの金属の能力を解除しようとしなかった。
恐らく、この二人にもプライドとかそんなものがあるのだろう。
だから、俺もこの戦いを見届けることにした。
金属はいくつもの鋭い手裏剣のような形をとった。
数が多すぎる……あれを躱すのは至難の技だろう。
「消えてもらうわ」
少女がそう言うと、手裏剣は一斉に動き出し、八雲に向かって飛び出した。
手裏剣の速さもなかなかだ、早さを武器とする八雲には分が悪い。
手裏剣は八雲の残像を突き抜けていく。
「あああっ!」
途端に残像がすべて消え、一人となった八雲本体の左肩に手裏剣が一つ刺さっていた。
やはり、躱しきれなかったか。
「勝負あったわね」
少女は攻撃を止め、地に倒れこんだ八雲に近づいていった。
「私の邪魔をしたんだから、ここで死んでもらうわ」
八雲は手裏剣を抜き、肩を抑えて必死で痛みを我慢していた。
少女は右手を八雲の頭上にかざした。
「あなた、全然強くないわ。こんなんで良く神崎朱莉の近くをウロチョロできるものね」
彼女の右手に白金の粉が集まる。
「じゃあね」
その声と同時に、少女の攻撃が放たれた。
パリィっ、という音が聞こえた。
八雲はまだ生きており、攻撃は当たっていなかった。
少女は振り返り、神崎を見た。
「絶対解除……」
そうか、さっきの音は神崎の能力を解除する音だったのか。
「もう見て居られないわ。私が相手する」
神崎は少女に歩み寄った。
「あら。けど残念。もう時間だから行かないといけない」
少女は神崎を見つめながら言った。
「私から逃げられると思ってるの?」
神崎はいつもの狡猾な目つきで少女に問いかける。
「逃げられるわ。だってあなたはこの女の加速についていけないじゃない。私には止まって見えたけど」
そんな!
あれだけのスピードでそれほど遅く見えていなのか、こいつには!?
「安心して。またすぐに迎えに来るから。私はレノン。それじゃあ」
レノンと名乗った少女は近くの店の屋根に飛び上り、そのままどこかへ消えていった。
「あいつ……何者だったんだ?」
「知らない……けど、聞いたことのない名前だわ。それよりも、今は八雲の処置が先」
「近くの治癒能力を使える能力者のところまで転移するわ」
どこからかメルが現れた。
「おい、今までどこに行ってたんだよ」
「私は戦えないから、そこの建物の陰に隠れてた」
ま、まあ賢明な判断か。
むしろ戦えない俺があれだけレノンに接近していたのもバカな話だ。
俺たちはメルの転移で医師のいる場所へと転移し、すぐに治療を開始した。
傷は思ったほど重傷でなく、ほどなくして八雲の傷は完治した。
「朱莉様……申し訳ございません……」
八雲は神崎を見て真っ先に神崎に謝っていた。
別に謝ることなどないのではないだろうか。
「その前に、この人にここまで転移してもらったんだからお礼を言いなさい」
神崎はメルを見て言った。
「これは失礼しました。誠に、ありがとうございます」
八雲はきちんとお辞儀をして礼を述べた。
礼儀がいいのも意外な一面だな……。
「それにしても、あの方なんだったんでしょうか……」
八雲は近くの椅子に座り、頬杖をついた。
確かに。
あれだけの能力者、今まで知られていないほうが不思議なのではないだろうか。
神崎も八雲も知らないとなると、どこかに潜伏していたのか……。
なんにせよ、彼女、もしくは彼女の組織は神崎の命を狙っている、ということか。
「なあ、メル」
俺はメルの目を見た。
メルは頷いて口を開いた。
「多分、このことね。私が予知で見たことは」
確信した。
俺たちがここへ来た理由。
間違いなく、レノンが関わっている。
レノンを辿っていけば、何かに辿り着けるかもしれない。
「とりあえず私たちは行くわね、用事があるの」
神崎は椅子に座ってる八雲に目くばせをして、建物を出ていった。
「忙しい奴だな」
「多分、さっきの人について手がかりを探しに行ったのかも」
「なあ、俺らも何かしなくていいのか?」
俺が聞くと、メルは少しの間考えて、答えを出した。
「これからは、神崎朱莉の周りを離れないように動きましょう」
ついに本格的に始まるのか。
もしかしたら殺されるかもしれない。
目の前で誰かが殺されるかもしれない。
それなのに俺は、胸の高鳴りを抑えることが出来ない。
元いた世界では味わうことのできないこの感覚……絶対守って見せる。
私情で余りかけませんでした><
すみません><