Episode2
翌朝、俺はリビングのソファの上で目覚めた。
メルに協力をするという約束をした後、俺はその場で眠ってしまったらしい。
俺には毛布がかけられていた。
メルがかけてくれたのだろう。
俺は体を起こし、周囲を見回した。
昨日とは一切変わらない風景。
そして、キッチンには何かを作っているメルが立っていた。
「おはよう」
俺は眠たい目をこすりながら立ち上がった。
「おはよう。洗面所で顔を洗ってくるといい。タオルは適当な物を使って」
俺はそう言われ、少し寝ぼけたまま洗面所へと向かった。
蛇口を捻り、冷たい水を手ですくう。
まさか、こんなことになろうなんてな。
昨日の今頃は全く予想だにしていなかった。
今頃俺の捜索願も出ているだろうな。
あれだけ学校で暴れたし、生徒にケガもさせただろう。
見つかれば、ただでは済まない。
俺は顔を水で洗った。
いや、そんなことを考えてもしょうがない。
今はこのメルという少女の言うとおりにするほかないんだ。
俺はかけてあったタオルで顔を洗い、再びリビングに向かう。
外は完全に晴れていた。
雲一つなく、空では太陽が独り光り輝いていた。
「朝食、食べて」
メルが大きな皿を持ってリビングに現れた。
その皿の上には色鮮やかな野菜を挟んだサンドイッチが並べられていた。
いつも朝はコンビニのおにぎりを食べていた俺にとって、誰かが作るご飯を食べるのは新鮮だった。
「ごちそうになるよ」
俺は先ほどまで寝ていたソファに座り、サンドイッチを手に取る。
メルは冷蔵庫から牛乳を取り出し、マグカップを二つ持って来た。
カップに牛乳を注いで俺の前に差し出した。
「ありがとう」
俺は礼を言い、牛乳を一気に飲み干す。
こうして見ると、ただの新婚夫婦だな。
というか俺はこんなにゆっくりしていていいのだろうか。
「美味しい?」
メルがそう問いかけてきたので、俺は素直に美味しいと答えた。
「そう、よかった」
メルは小さく吐息を吐き、少しだけ笑った。
「メルってさ、最初ずっと無表情だから怖いなって思ったけど、たまに笑うよな」
正直最初に会ったときはそんなに気にしていなかった。
だがよくよく考えてみると、表情を全く変えないのってすごいことだよな。
そしてたまに見せるメルの笑顔に、少しだけ心がどきっとする。
「私は、感情が表に出にくいだけ。内心では喜んだり驚いたり悲しんだりしている」
それは俺にとって意外なことだった。
じゃあ、俺がメルに協力すると言ったとき、サンドイッチを美味しいと言ったときはよほど嬉しかったのだろうか。
そう思うと、こっちが照れてしまう。
「食べたらすぐに行く」
いきなり、メルの表情が一層引き締まったように見えた。
「あのさ、正直昨日のことよく分かってないんだ。俺たちはこれから何をしに行くんだ?」
昨日彼女が言っていたことを簡単にまとめると、テレポートして困ってる人を助ける、と言ったものだ。
だがどこにテレポートするんだ?
どうやってテレポートするんだ?
現時点では分からないことの方が多い。
俺はその疑問を解決しないと、何をやればいいのか分からない。
「私達はこの後、テレポートでB38世界に転移するわ」
「B38?」
聞きなれぬ言葉に、聞き返す。
「世界は、銀河のようにいくつも存在する。今私たちがいる世界はA01。一番最初に出来た世界。最も歴史が深い世界」
「じゃあ俺たちはこれからB38って言う、こことは違う別世界に行くってことか?」
「その通り」
信じがたいことだが、ここはそれが正しいと仮定して話を進めよう。
「で、そのB38って世界にはどうやって行くんだ?」
「それは私の能力で行くことが出来る。心配しないで」
彼女が持つという空間移転能力。
これが本当に存在するのだろうか。
そもそも、予知能力というのも半ば信じがたい。
よくテレビなどで予知夢を見るなどは聞いたことがあるが、それを鵜呑みにしたことは無い。
「信じてない?」
メルは突然前かがみになって机に乗り出し、俺の顔をしたから覗き込み、不安そうな顔をした。
「い、いや。信じてないわけじゃないんだけど、その、見たことが無いことって想像できないって言うか……」
俺がそう言うと、メルは立ち上がった。
そして俺の隣に座り、手を取った。
「え、ちょ?」
いきなりのことに驚き、俺の鼓動は一気に早くなる。
「私の目を見て」
メルにそう言われ、俺はメルの目を見た。
正直、こんな美少女の顔を見つめることなど今までに一度もなく、俺にはとても耐久出来そうになかった。
だが、彼女の顔を見つめる時間はさほど長くなかった。
「信じられないのなら、先に転移する」
「は?」
その瞬間、視界が真っ暗になった。
だが、確かに俺の右手にはメルの手が握られているようだった。
そして、この暗闇の空間に目が慣れてきたのか、段々と何かが見え始めてきた。
そこに見えたのは、宙に浮かぶ扉だった。
「大丈夫? 他人と転移するのは初めてのことだから」
俺はメルの姿を確認し、大きくうなずいた。
どうやら浮かんでいるのは扉だけでなく、俺たちも浮遊しているようだった。
浮遊感は特になく、その場で止まっているといった感じだ。
俺はもう一度周りを確認した。
よく見ると、扉は一つ一つ外装が違っていた。
レトロな扉、ゴージャスな扉、襖なんてのもある。
「こっち」
メルに手を引っ張られると、空間内を移動した。
空を飛んでいるような感覚ではない。何とも言えない不思議な感じだった。
俺たちが移動しているのではなく、扉が近づいてきているかのような感覚に近い。
メルはいくつもの扉を通過していき、ある一つの扉の前で停止した。
「着いたわ」
真っ白な木製の扉。
それには金色の取っ手がついていた。
メルはその取っ手に手をかけて扉を開けた。
そして今度は、俺の視界が真っ白い光に包まれた。
あまりの眩しさに目を閉じ、しばらく目を開けることが出来ない。
どれくらいそうしていただろうか。
本能的に、俺はメルの手を放してはいけないと感じて右手に力を込めた。
そして、メルも手を握り返してくれたのが伝わった。
しばらくすると、何か物音が聞こえてきた。
これは、水の音だ。
「もう大丈夫」
メルの声が聞こえ、俺はゆっくりと目を開いた。
目に映るのは変な形をした高層ビルや何本かの木。
そして俺は公園の砂場の上に座り込んでいた。
水の音は、中央の噴水の音だった。
それにしても、何だあのビル、変な形をしている。
俺の視界に映る高層ビルは、ある程度の高さまでは普通なのだが、上まで行くと四角いブロックが空中を移動していた。
ブロックはビルとビルを移動しているようだった。
そう言えば、メルはどこだろう。
俺は辺りを見回してメルの姿を探した。
「どいてほしいんだけど」
メルの声が、俺の下から聞こえてきた。
俺は下方を見て、自分がメルのお腹の上に座っていることに気づいた。
「あ、ご、ごめん!」
すぐさま立ち上がって頭を下げる。
一回はぶたれると思っていたが、メルは落ち着いた様子で立ち上がって砂をはらった。
「無事着いたようね」
メルは俺と同じくおかしな高層ビルに視線をやり、言った。
「ここがメルの言ってたB38ってとこなのか?」
「そう。これで信じてもらえたかしら、私の能力のこと」
流石の俺も、これだけの物を見せられて信じないというほど性格はひん曲がってはいない。
あの扉の空間と謎の体験。それは今までに一切見たことのない新体験だった。
「ああ、信じるよ」
「ありがとう」
さて、彼女の能力のことは信じよう。恐らく予知の能力も本当のことだろう。
後は、ここで何をするかが分からない。
「なあ、ここはどんな世界なんだ?」
俺は噴水の近くのベンチに座って、メルに聞いた。
メルも俺の間に人一人分の距離を作ってベンチに座った。
「私はここには四回ほど来たことがある。ここはB38……超能力の世界、サンヘヴン」
超能力?
「ここにいる人はみんな超能力を使う。超能力にも色々な種類があるけど、私の予知能力もここで得た物」
「ここで得た? そんなことできるのか?」
「生まれつき能力を持ってる人はそうそういない。人に能力を与える専門の人がいる。まずはそこに案内する」
メルは立ち上がり、公園の出口に向かって歩いて行った。
「お、おい待てよ」
俺は走ってメルに追いついた。
メルに着いて行きながら、質問をした。
「もうちょっと詳しく説明してくれないか?」
困った表情を見せると、メルは無表情のまま口を動かした。
「私の転移能力は私の生まれた世界で得た物。その能力の順応性は高く、転移した先の世界に体が適合してしまう」
「……つまり?」
「言語はもちろん、何もかもその世界の摂理に対応する。だから、この世界で能力が得られるのなら、外部から来た私たちも能力を得ることが出来る」
「な、なるほど」
俺は分かったような分かっていないような気持ちで相槌を打った。
「ここ」
メルはさびれた店の前で立ち止まり、指さした。
看板には何かが書かれているようだったが、内容は読めなかった。
なるほど、言葉は分かっても文字は読めないわけか。
店に入ると、いかにも人の良さそうなおじいさんがカウンターに座っていた。
「おじいさん、お久しぶりです」
メルが挨拶をすると、そのおじいさんは目を大きく見開いて立ち上がった。
「メルじゃないか! しばらくだな! 今度はどこにいっとったのじゃ!」
すごい大きな声だ。鼓膜が破れてしまう。
「で、こちらは?」
おじいさんは俺の方を見てメルに聞いた。
「私の付き人よ」
「は、初めまして。篠原圭吾と言います」
俺はぺこりと頭を下げて自己紹介をした。
「おおそうか、メルの友達か、用は何だ?」
おじいさんは笑顔で俺に問いかけた。
質問に答えたのはメルだった。
「彼はまだ能力を持っていないから、能力を与えてほしい」
「ほお、無能力者か。見た感じ、異世界というところから連れてきたのか?」
「そう」
「そうかそうか、これは面白い。 ちっと待っとれ」
そう言っておじいさんは店の奥に行ってしまった。
なんだか、やけに仲が良さそうだったな。
「なあメル、あのおじいさんはお前のこと分かってるのか?」
「私のことは全て話してある。そしてすぐに理解してくれた」
あれだけのことをすぐ理解できるものか、ぶっ飛んだおじいさんなのかもしれないな。
「そうだ、能力ってどうやって取得したらいいんだ?」
俺は店にある小物の人形を眺めながらメルに聞いた。
「圭吾は何もしなくていい。おの人が全てやってくれる」
そう言われると、少し不安になる。
自分の体に何かされるというのに十分な説明がされないというのは心配なものだ。
まあ、メルが言うからには大丈夫なんだろうが。
でも、能力か。
中学生の頃、そんなものに憧れたこともあったな。
そんなものは夢や幻想といって諦めたが、こんなところで現実になろうとは。
ん、待てよ。
そもそも俺が能力を得る必要があるのか?
まあ貰えるのなら貰ってはおきたいが、真っ先に連れてくるところでもないだろう。
「な、なあ……」
「準備が整ったぞー! ここに座れ!」
俺の声を遮り、店の奥からおじいさんが元気に現れた。
「なんか言った?」
メルが聞き返すがタイミングを逃し、俺はなんでもないと答えた。
俺はおじいさんの指定した椅子に座った。
「あの、これから何を……」
「ようし、始めるぞ!」
またしても俺の声は遮られた。
もうどうにでもなれと思い、俺は覚悟を決めた。
メルは部屋の端で俺のことを見守っていた。
おじいさんは手を俺にかざし、何かをぶつぶつと唱えていた。
途端に、俺の足元に大きな光の魔法陣が現れた。
「うわっ!」
「動くな!」
おじいさんに怒鳴られ、俺はびくりとしておとなしく座った。
「すごい……すごい生命力じゃ……」
しばらくして、俺の体の中心に光りの塊のようなものが現れた。
「これは……」
「それはお主の能力が具現化したものじゃ。そのサイズはなかなか無いぞ?」
良く分からないが、俺の能力は結構すごいものなのだろうか?
光の塊が、俺の身体に吸い込まれていく。
やがて光は消え、魔法陣も姿を消した。
「終わりじゃ」
「終わったのか?」
俺は体のあちこちを触って確認したが、特に変わったことは無かった。
本当に俺、超能力使えるようになったの?
「いやー、あんな強い光を放つものは久々に見たわい!」
おじいさんはがははと笑いながら俺の背中を叩いた。
「おじいさん、ありがとう。圭吾、行くよ」
「いや待て待て待て待て! 勝手に終わらないでくれよ! 俺、超能力の使い方とか分かんねえぞ!?」
今度は途中で遮らせまいと、俺は大きな声で言い放った。
「わしが出来ることは能力を開花させることだけで、それがどんな能力なのかは分からんのじゃ。そもそも人によって違うからのぉ……」
何だそれ……。
「大丈夫、そのうち分かる」
メルはなぜか、普段見せない笑顔をここで見せて店を出ていった。
「まあ、そのうち分かるものじゃよ。ほれ、女の子を一人で行かすんでないわ」
俺は腑に落ちなかったが、とりあえず店を出ることにした。
「とりあえず宿に向かう。そこでこれからのことを話す」
全体的に説明不足だと思うんだけどなー……。
メルと俺は中心街に向かい、本日の宿を探しに行った。