Episode1
俺はなんで生きてるんだろう。
特にやりたいことも無いし夢とか目標もない。
毎日毎日ただ時間が過ぎていくのを黙って過ごしているだけだ。
両親はどうして俺に期待するのだろう。
会社を継ぐために勉強しろ? いい大学に入れ?
父さんは俺をそんな風にするために生んだのか?
俺がそれに反抗したら今度は母さんからも何かを言われる。
父さんをがっかりさせないで。お母さんの身にもなって。
結局自分のことばっかりじゃないか。
中学までは何も言い返さず、言いなりのように勉強していた。
父さんと母さんはすごく満足そうだった。
俺も別に勉強することは嫌いじゃなかった。
だが少し成績が下がっただけで大好きだったバスケットボール部を辞めさせられた。
母さん自らが顧問と話し合い、退部となった。
俺は退部になってから、そのことを知らされた。
時期が時期だったために、部活の友達にはめちゃくちゃ嫌われた。
その後の大事な試合には一回戦で負けたそうだ。
まあ、直前にキャプテンがいなくなればまとまるチームもまとまらなくなるだろう。
それからだ、俺が親に反抗するようになったのは。
俺ははっきりと言ってやった。
俺は父さん母さんの言いなりなんかじゃない。
二人ともかんかんに怒ってたな。
父さんには思い切り殴られた。
あの時の痛みは今でも鮮明に覚えてる。
だが、俺が再びやる気を出すことは無かった。
元からやる気などなかったのだが、その件をきっかけに親に対する感情を全て失った。
そのまま俺は平凡な高校へ上がり、平凡な成績を取り続けた。
このまま何事もなく卒業をしてその辺の高卒でも入れそうなところに就職しようと考えていた。
だが、両親は俺の予想を遥かに超える最悪な行動にうつった。
どうやら高校を中退させられたらしい。
世間体を大きく気にする両親がそんなことをしたのは予想外のことだった。
俺は母さんに詰問をした。
どうして高校を無理やりやめさせたのかと。
返された回答は、意味の分からないものだった。
「あんな高校に通っているあなたを見てると可愛そうでならない。だから辞めさせた」
もう、何も言えなかった。
高校を卒業さえすればと思っていたが、高校中退では就職先もなかなか見つからない。
かといって親のすねを齧って生きるのはもっと嫌だった。
俺は家を飛び出した。
体の底という底から怒りが込みあがってきて、それを発散しないとどうかしてしまいそうだった。
俺の人生は、俺の親に狂わされた。
俺は高校まで行き、入ってすぐ一番賑やかなクラスへと向かった。
そこは高校三年生のクラスだった。中には受験を控えている生徒も多くいただろう。
俺はその場の椅子や机を思い切り投げ飛ばした。
室内に女子生徒の悲鳴が鳴り響く。
俺は三度、黒板に向かって机を叩きつけた。
途中男子生徒が俺に掴みかかってきたが、思い切り振り払うと、散らばった椅子の上へと落下した。
怒りを大分発散した俺は窓ガラスを割って外に飛び出した。
全力で学校から離れ、そのまま走り続けた。
しばらくして雨が降り始めたが、俺は気にせずに走った。
数分走った後に息切れを始め、俺は道路の脇に座り込み、電柱にもたれかかった。
気づけば雨は土砂降りだ。
「ハァ……昔は……もっと走れてたのに……ハァ、ハァ」
俺は俯いたまま、自分のやったことを振り返った。
勢いに任せてやっちまったな。
これで俺にはどこにも居場所もない。
だがやることも特には無い。
このまま、ここでずっと座って、野垂れ死のう。
もうどうでもいい。
雨は一層強くなり、服はビショビショに濡れていた。
俺の人生は何だったんだろうか。
俺は楽しかったのだろうか。
小学生の頃までは、楽しかったのかもな。
いつからだろう。目標を持たなくなったのは。
部活を辞めさせられた時からか。
それからの人生は本当につまらなかった。
誰か、誰でもいい。
俺にもう一度目標を。生きる、存在価値を与えてくれ。
その瞬間、雨が止んだ。
いや、俺の周りだけ雨が止んだのだ。
相変わらず近くから雨が地面に落ちる音が激しく聞こえる。
気が付くと、俺の目の前に誰かが立っていた。
誰かが来るのなんて全く気付かなかった。
それほどまでに俺は放心していたのだろうか。
俺は顔を上げて、目の前に立つ人の顔を見た。
それは一人の少女だった。
肩まで伸びた銀色の髪と青色の瞳はただならぬ者のオーラを感じさせる。
彼女は傘を二つ持ち、そのうちの一つで俺を雨から守ってくれていた。
「……あんたは?」
俺は少女に問いかけた。
こんなゴミみたいな人間に構おうなんてとんだお人よしだと思った。
それだけ俺は自分のことを卑下していた。
「あなたを探していた。私と来てほしい」
声はとてもか細かったが、その瞳の奥には何か強い意思を感じ取った。
「……どうして?」
「あなたにしか出来ないことがある。とりあえずこのままでは風邪をひくから、うちに。」
彼女は傘をぐいぐいと俺に差出し、俺はその傘を受け取って立ち上がった。
「こっち」
そう言って彼女は雨の降りしきる道路を歩き始めた。
俺は導かれるように彼女の背中を追った。
この子は一体何者なのだろう。どうして俺を助けたのだろう。
再び、彼女のことを観察する。
年は俺と同じくらいか、少し上か。
着ている服は何だろう。
白い装束に、丈の長いマントを羽織っている。
珍しい格好だ。コスプレが趣味なのだろうか。
肌がものすごく白い。美白というレベルではないな。
「着いたわ」
彼女に案内されたのは綺麗めのマンションだった。
俺の住んでいる地区は富裕層が多く、土地代がとても高い。
俺の家も例外でなく、立派な一軒家に住んでいた。
そしてこのマンションは、この辺りでも一二位を争うほどの高級マンションだ。
この女、金持ちか。
「入って」
表情を何一つ変えないまま、俺に話しかける。
彼女はカードキーを使ってロックを解除し、エレベーターに乗る。
エレベーターはとても広く、十人くらいは乗れそうだ。
このマンションには必要のない広さだった。
七階に到着し、彼女がエレベータを降りたので俺もそれに習って降りる。
そして七○二号室の鍵を解除してドアを開ける。
「どうぞ」
俺は案内されるがままに部屋の中に入る。
玄関はとても綺麗だった。
靴を脱ぎ、部屋に上がる。
構成は2LDKのようだった。
キッチンはとても広く、コンロが四つもある。
リビングも十畳は余裕であるだろう。
そして部屋が二つ。
だが、生活感が全くなかった。
本当に人が住んでいるか分からないほどだ。
キッチンは確かに片付いているが、片付きすぎだ。
汚れ一つ無いし、食器もしばらく使われた形跡がない。
リビングも無駄なものが無く殺風景。
小部屋にはベッドと箪笥があるだけで何もないし、これもまた綺麗。
もう一つの小部屋には何もなかった。
ちょっと、おかしいんじゃないか?
「シャワーを浴びてきた方がいい」
彼女はそう言って、俺にタオルとジャージを差し出した。
明らかに彼女のサイズのジャージではない。親の物だろうか。
俺は好意に甘えてシャワーを借りることにした。
脱衣所でぐっしょりと濡れた服を脱ぎ、風呂場に入る。
流石は高級マンション、広さは尋常ではなかった。
シャワーを出し、温度を調整する。
彼女の目的は一体何なのだろう。
彼女は俺なんかを連れて何をしようというのだろう。
何か犯罪の手伝いをやらされるのか?
それとも既に俺は犯罪に巻き込まれている?
いくら考えても、あの彼女がそのようなことをするようには見えなかった。
まあ、どのみち既に捨てた人生だ。
まだ何かやることがあるというのなら、何だってやってやるさ。
俺は風呂場を出て体を拭き、彼女に借りたジャージを着た。
脱衣所を出ると、彼女は電子ケトルでお湯を沸かしていた。
俺は借りたタオルをどうしたらいいか迷っていると、彼女に近くの籠を指さされた。
ここに入れればいいわけですね。
「適当に座って。話があるの」
彼女にそう言われて、俺はリビングに置かれているソファに腰掛ける。
すごい、ふかふかだ。
彼女はキッチンでお茶を淹れているようだった。
一人暮らしをしているのか?
あまり使われていないと思っていたが、彼女は慣れた手つきでお茶を淹れていく。
ただの綺麗好きで、俺の勘違いだったのだろうか。
お盆に湯呑を乗せ、机の上にそれを置いた。
彼女は向かいのソファに座って、お茶をすすった。
俺も湯呑を手に取り、お茶を飲んだ。
「あっつ!」
予想以上にお茶が熱かったので、思わず声を出してしまった。
何とかお茶は溢さなかったが、彼女はじっと俺を見ていた。
「は、話ってなんだよ」
そう言うと、彼女は湯呑を机に置いた。
「私は、あなたを助けた」
唐突に、彼女はそう言い放った。
「……はい?」
「私には予知能力がある。それは決まって不幸なこと。喜ばしくないことに限られる。特定の事柄を予期することは出来ない。そしてそれはこの世界に限られたことではない」
いきなりペラペラと喋りだす少女に、俺は戸惑いを隠せなかった。
「ま、まて。分かるように説明してくれ」
彼女は前髪をかき分け、邪魔だったのか髪の毛を耳にかける。
「私にはあなたが自殺をする予知が見えた。予知が見えたからには助けないわけにはいかない。だから、あなたに話かけた」
こいつは何を言っているんだ? 予知?
「馬鹿馬鹿しい。そんなことがあるわけがないだろう」
「あなたに必要なものは目的。違う?」
身体がゾッとした。
鳥肌が立った。
こいつは、俺の欲しかった物を一発で言い当てた?
それも予知で見たのか?
「な、何を……」
「あなたには生きる希望が無い。なら、それを与えてあげればいい」
彼女は淡々としゃべり続ける。
俺は、俺の中で何かが変わっていくのを感じていた。
「私と一緒に来てほしい」
彼女はそう言った。
「は?」
「私には予知能力ともう一つ能力がある。それはテレポート。空間転移能力。これはあらゆる地点移動でも、別世界への転移も可能とする能力」
予知能力の次はテレポートか。
「私は今まで、予知で見た人たちを助けてきた。それが私の使命だから。そして、あなたに生きる意味が必要なら、私の手伝いをしてほしい」
彼女の目は本気だった。冗談ではないだろう。
だが、いきなりそんなことを言われても信じろという方が難しいものだ。
「私は明日の朝、またある世界へ転移しなければならない。信じられないのなら、一度来てみてほしい」
彼女はどうして、こんなにも俺のことを誘うのだろうか。
だが彼女は言っていた。
予知に現れた人を助けると。
俺を助けるという行為が生きる目的を与えることだとしたら、恐らく彼女は俺のことを助けようとしてくれているのだろう。
こんな俺でも、助けてくれる人がいるのか。
俺は、少し嬉しくなった。
こんな感情を持つのは久しぶりのことだった。
もしかしたら、俺はもう一度生きられるかもしれない。
「お前、名前は?」
「私は、メル。」
彼女は無表情のまま答える。
「あーーーー、もう意味分かんねえ。けど、どうせ他にやることもねえしな。付き合ってやるよ」
俺はやけくそになって答えた。
だが内心は、これからのことに胸を躍らせていた。
「俺は篠原圭吾だ。よろしくな」
「名前は予知ですでに知ってた」
「んなっ……」
「けど、ありがとう、うれしい」
その時彼女は初めて、にっこりと笑顔を見せた。
その笑顔は俺には眩しく、美しく見えた。