銀盤の想い2
続編を書く予定は無かったのですが、優一君と天音ちゃんが書いてくれと言ってくるので、書いて見ました(笑)
体力づくりと実益を兼ねて始めた、朝の新聞配達から帰ってきた俺、高崎優一は、スポーツ新聞を前に唸っていた。
昨日のフィギュアスケート大会、パートナーの虹原天音と、ペアで優勝したので記事のトップになるだろうと予想はしていたが、予想とは少し違う形でトップ記事になっていたからだ……
『キス アンド クライの熱愛発覚』やら『キスクラのキス』やら、別の方向でトップ記事になっていたからである。オマケに使用されている写真は、最初に天音の方からされたほうではなく、俺のほうから求めた二度目のわりあい長いほうのキス。
考えてみれば、天音はフィギュアスケート女子シングルのオリンピック出場候補の最有力。しかも昨日の大会の結果次第では、ペアでの出場の可能性もでてくるのだ、注目されていないわけがない。
テレビをつけてみると、やはり話題になっている。
救いなのは、わりと好意的に受け入れられていることだろうか。
俺自身のことはともかく、天音のことを考えると軽はずみなことをしたと、反省してみるも、それで騒ぎが静まる訳でもなく……
何ができるわけでもなく時間だけが過ぎて、そうこうしているうちに、携帯電話が鳴る。
天音からだ。
「天音か?」
「ゆう君、ごめんね。大騒ぎになっちゃって……」
声に元気が無い、この騒ぎを自分のせいだと思っているらしい。
「いや、そこは謝るところじゃないし、謝るなら俺のほうだろ」
そう言うと安堵したような雰囲気が、電話越しに伝わってきた。
「ゆう君、それでね、約束の件だけど」
今日は、天音の誕生日で、ここ最近は大会の練習でゆっくりする暇も無かったので、天音をデートに誘った。お互いの想いを確認しあっての初デートとなるのだが、俺のほうはともかく、天音のほうは抜け出すだけでも大変そうだ。
「そうだな、抜けだすだけでも大変だろう?延期にするか?」
「ゆう君、私は行きたい。すごく楽しみにしていたんだよ。ねえ、行こうよ」
「しょうがないな」と苦笑いして、時間と待ち合わせ場所は変更なしということで電話を切る。
このデートを楽しみにしていたのは天音だけじゃない、俺も楽しみにしていた。初めてのデートでもある。先ほどまで、色々なやんでいたのも忘れ、俺は上機嫌で準備をはじめた。
駅前の広場で待つこと30分。約束の時間より10分ほど過ぎた。
天音は、約束の時間より早く来ることはあっても、遅れてくることは無かったので、心配になるが、まだ10分だと自分に言い聞かせる。そうして周りをきょろきょろ見る挙動不審者に俺がなっていると、後ろから「ゆう君」と天音の声がした。
振り返ると、青のワンピースに眼鏡をした天音がいた。髪は後ろで束ねてポニーテールにしている。天音は、視力は良いから眼鏡は伊達だろう。
「どうしたんだ?その格好」
「ばれないように、イメージを変えようかと思って。おかしい?」
「いや、そんなことは……とてもよく似合っている」
いつもと違うイメージに、ドキドキしている俺がいる。なんと言っていいか言葉を捜している俺に耳に「いたぞ!」と言う声が飛び込んできた。
声の方向を見るとカメラやマイクを持った人たちがいた。マスコミ?「高崎選手もいっしょだぞ」と言う声も聞こえてくる。
「あ、見つかっていたみたい」
見つかっていたみたい。って、天音……
「さあ、逃げよう」
天音は、笑って俺の右手を取ると、駅に向かって走り出した。
マスコミから逃げるというハプニングから始まったが、その後は平穏無事にすぎて行った。とはいっても、試着室の前で天音のファッションショーを拝ませてもらったり、シルバーアクセサリーの店で小物を物色したりしただけだ。
今はというと、ショッピングモール内にある観覧車に、休憩もかねて二人で乗っている。
「天音、誕生日おめでとう」
俺は、天音に小さな包みを渡す。
「開けてもいい?」
俺がうなずくと、天音は包みを開いた。中から出てきたのは翼をモチーフにしたペンダントだ。翼の根元には小さいが、7月の誕生石の紅玉が光る。ちなみに石言葉は「熱情・純愛」。
「かわいい。ゆう君のセンスにしては上出来だね。去年は……」
「それ以上は、言わないでくれ。反省はしている。それで、今年はこれとペアだ」
自分の首にかけたペンダントを引っ張り出す。天音の持つペンダントと同じ形で、誕生石が9月の青玉になっている。石言葉は「慈愛・誠実・貞操」。
「今年は、準備に気合を入れた感じだね」
天音が、そう言って微笑む。
それはそうだ、実は昨日、天音から告白されてなかったら、今日、俺の方からから告白していたのだから。
「ねえ、プレゼント、もう一つおねだりしてもいいかな?」
「高いもので無ければな」
ちゃかして言った俺に、天音は瞳を閉じ何かを待つしぐさをする。何を待っているのか理解できないほど鈍感ではないつもりだ。
「天音。大好きだ」
そう言って唇を重ねた。
天音のリクエストでやってきたのは、一般開放されているスケートリンクだった。いつも練習で滑っているのだからとも思ったが、「たまにはゆっくり滑ろうよ」という言葉で折れた。
夏休みに入ったばかりで、子連れのお母さん達が多い。歩くような速さで、二人で並んで滑るのもなかなか楽しいのだが、俺がトイレに行っている間に四人ほどの子供を集めて「天音先生のちびっ子スケート教室」を開いていたのはビックリだ。
だが、しゃがんで子供たちに視線の高さを合わせ、ひとりずつ手を引いて滑り方を教えている天音の笑顔は、俺の視線を釘付けにする。もともとトップスケーターになれば、みな良い笑顔を持っているが、今まで見たことのない良い笑顔だ。それを引出したのが子供たちというのがちょっと妬けるが、仕方ない。
「天音、俺も手伝うよ」
「うん。お願い、ゆう君」
天音は、極上の笑顔を俺にも向けてくれた。
「やっぱり覚えが早いな、子供は」
一時間ちょっとで、子供たちは自在に滑れるようになっていた。まだ安定してなくて、こけたりはしているがたいしたものだ。
「ゆう君は、教えるのが上手だよね。指導者向きかも」
「ほめても、何もでないぞ」
でも正直、悪い気はしない。だが次の瞬間、天音はとんでもないことを言い出した。
「はい。みんな、集合。今からお兄ちゃんが、良いものを見せてくれるって」
子供たちが集まってきて、きらきらと期待に満ちた目で俺を見上げる。
「ちょっと、天音」
「というわけで、未来のメダリストになるかもしれないこの子達に、三回転半ジャンプお願いね」
「ちょっと待て。貸靴だし、俺の成功率も知っているだろ」
三回転半ジャンプなんて、世界トップクラスのスケーターならやってのけるが、俺では六割成功できれば良いほうだ。
「自信ない?」
「正直ない」
「それじゃ、勇気をあげる」
いきなり頬に暖かいものが当たる。それが天音の唇だと気が付いたのは、子供たちが「お姉ちゃんがキスした」と声を上げたからだ。
「がんばって、ゆう君」
「乗せるのが上手いな、お前は」
周りを見回すと閉館直前で人影もまばらだ、これなら大技に挑戦しても危険は無いだろう。念のため大声で周りに注意を促す。そして、スタート位置に向かいながら、天音のものとペアになったペンダントを握り締めた。
大丈夫、一人じゃない。天音となら空だって飛べるさ。そうだろ?天音……
スタート位置に付くと、天音が子供たちと一緒に立って微笑んでいるのが見えた。その笑顔を見て安心できたし、できるという自信も出てきた。
深呼吸して滑走を始める。子供たちの前で回転できるように、両腕を振り上げながら左足で踏み切る。回転もイメージどおり、わずか一秒ちょっとのジャンプの中で、ここまで完璧に三回転半回りきれたのは初めてだ。そして着氷。完璧にイメージのとおりに決まった。ちゃんと左足も前に残っている。まだいける。そのままさらに跳ぶが、回転が足りなかった。三回転ループを狙ったのだが、二回転ループで着氷する。
三回転半ジャンプからの三回転ループは、最高難易度のコンビネーションジャンプだ。俺にできなくても当たり前なのだが、天音がいれば跳べる気がしたのだ。
数瞬の無音の後、子供たちだけでなく、周りで見ていた人たちからも歓声が上がった。跳んだのはただのコンビネーションジャンプだが、一試合滑りきったときのように心臓がバクバクとステップを刻み、肺は酸素を求めている。
子供たちと天音が、近づいてくる。
「ゆう君、すごかったよ」
そう言って、俺の目の前に立つ天音を、乱れた呼吸のまま抱きしめる。
「ゆう君?」
周りの声も、視線も、全部気にならなかった。
オリンピックまで後半年強、代表が決まるまで、まだ大きい大会もある。二人ならできる。
「天音」
「うん」
「一緒に行こうな。オリンピック」
「うん」
天音の手が俺の背中に回され、力がこめられるのがわかった。この瞬間だけは、銀盤の上で二人きりだった。
See you next story.
いかがでしたでしょうか?
今回、プレゼントを渡すシーンとトリプルアクセルを跳ぶシーンは先にイメージとして、できていました。
マスコミとの追いかけっこのシーンや、あるTV局の「噂の二人」(架空ですが)という恋人たちいろいろインタビューする企画番組につかまり、それをTVで見た(生放送です)コーチや二人の両親が飲んでいた珈琲を噴出すというシーンは、話が長くなりすぎるかなと、泣く泣くカットがはいりました。(笑)
私としては、これ以上長くすると、グダグダ感が出てしまうと思うのですが、その辺含めてアドバイスや感想、批評がありましたらよろしくお願いします。