前編
稲辺春香(16)
辛い過去を持つ少女。友人が数人。
亀山千夏(16)
エガオ動画の歌い手。美人。
ただいま絶賛夏休み中。
家で一人っきりの状態でごろごろするのが最高の幸せだ。
パソコン部の夏休みのスケジュールは、残念ながら存在しない。
そのため、自堕落な夏休みを送り続けているのはいうまでもない。
「ふぁあ。うっわ、もう正午じゃん!?」
目が覚めたらすでに午後、なんてことはよくあることで、実は今日は早く起きた方だ。
「はぁぁ。今日も夏休みを無駄に過ごしてしまったぁぁぁ」
ベットの上で悶える。
こんな日々も、今日で何日目だろう。
この辺りでなんかイベントでもあったら―――――
Prrrrr―――
まるでさっきの台詞がフラグだったかのように、携帯の着信音が鳴る。
千夏からだ。
「もしもし」
『もしもし?春香ちゃん。今日暇?』
「あ〜。うん、暇だけど」
『だったらさ、夏祭りに行かない!?』
「夏祭り?」
千夏が言ったのは、毎年、この時期に行われるイベント、夏祭りだった。
奈楼西高校がある地域から少し離れた、千夏の家の近くでは、毎年行われる行事らしい。
いくつもの屋台が並び、御輿も出るという非常に華やかな祭り。
私も、小さいときに行った記憶が微かにあるが、それ以外に行ったことはないはずだ。
「うん。暇だから行くよ。浴衣とか着る?」
昔、その祭りに行ったときは浴衣を着た気がする。
『うん。着ようって思ってるよ。春香ちゃんは?』
「う〜ん。浴衣がどこにあったか探して、見つかったらそれを着て行くよ」
持ってるとは思うが、まぁ探せば見つかるだろう。
「あった!」
押し入れを探して一時間。
一番奥の方にその浴衣はあった。
花模様が散りばめられた、どちらかといえばシンプルと言える浴衣。
残念ながら、浴衣はこの一着しかないため、これを着るしかない。
「帯もすぐに結べるやつだから、一人で着られるしね〜」
私は集合する時間にあわせて、浴衣を着たのだった。
「おまたせー、千夏ちゃーん」
「ううん、待ってないよー」
千夏が着ていたのは、赤や橙などが鮮やかな派手な感じの浴衣だ。
普通に似合うところが、千夏のすごいところだ。
「そういえば、優華は?」
「あぁ。優華は今日、用事があるとかで、ちょっと遠くに行ってるよ」
「へ〜。じゃあ、今日は二人だけなんだ」
優華は、しばらくこの地域にはいない。
いわゆる里帰りというやつで、お盆が終わるくらいまでには帰ってくるだろう。
「じゃ、しょうがないから、二人で遊ぼう!」
「そうだね」
千夏に腕を引っ張られ、屋台がたくさんある、祭りの場所へと向かった。
この祭りは、どうやら商店街にて行われているようだ。
普段、大型のデパートがあるせいで、ガラガラの商店街だが、このような日には、屋台を出し、わいわいと盛り上がっている。
「まずはどれにしよっかなぁ〜」
「…………まず、お腹空いたから、食べ物を食べたいな」
さっきから、イカが焼かれた匂いとか、肉が焼かれた匂いとか、ソースの匂いとか、いろんなおいしそうな匂いがこの辺りに漂っているのだ。
「あっ、あそこにたこ焼きがあるよっ!」
「1パック500円……」
強烈に高い。
「こういう店じゃ、あれくらい安いもんだよ?買おうよっ」
「うん」
私たちは、並んでたこ焼きを購入した。
「……あつっ」
「はふっ、はふっ」
食べると最初に感じることは、強烈に熱いということ。
たこ焼きのドロッとした生地が口の中でとろけ、タコの旨味を醸し出す。
やはり、こういうところで食べる食べ物はおいしい。
「じゃ、次は射的でもしよう!」
「うんっ!」
射的―――――
プラスチックや木で出来たコルクを弾に、景品を的にして当てればその商品がもらえるというものだ。
「おぉっ。ここの景品、一等がP○Pだよっ」
「なにそれ?」
「ゲーム機だよ!有名な!ハードとしては少し古いけど、今でも大人気のゲーム機なんだよ」
ゲーム機。
私はゲームはあまりしない人間のため、こういうのはよくわからない。
「………高い?」
「うん。普通に買うと、中古でも一万円はするよ」
よし。あれを狙おう。
私は、そのPS、なんちゃらに標準を合わせる。
どこなら一番威力が強いかを計算し、狙いを定め……。
パンッ!!
と、銃を打った。
コルクは見事に、PSなんちゃらに飛んでいき、見事に当たる。
しかし……。
「お、落ちない…!?」
「惜しかったねぇ。はい、残念賞」
ティッシュをゲットした。
「中身が重たいからね。あれは落ちないと思ったんだ〜」
「そういうことは早めに言おうよ!?」
私の突っ込みは、むなしく喧騒のなかに消えた。