裸の王様
昔々あるところに、一人の王様が居ました。新しい服の大好きな王様でした。皆に見せる為、一日に何回も服も着替えました。
ある日、王様の城に二人の大嘘つきがやって来ました。
「王様、私達は世界、私達は世界一珍しい布を織る機織りで御座います」
「ほう、どんな布かな」
「王様の様な利口な人には、とても綺麗に見えますが、馬鹿者には何も見えない不思議な布なのであります」
「なるほど。その布で服を作れば、誰が利口で、誰が馬鹿か、すぐにわかる、という事だな」
「左様で御座います」
「では、早速その布を織れ。そして余の為に服を作るのだ」
王様は、二人の大嘘つきに破格の額の金貨を渡して、布を織らせる事にしました。
――王様の衣装部屋――
「大臣、あんな感じで良かったかな」
「はい。王様も演技がお上手で。特に一人称が『余』とは……。クックック」
「黙れ、そんな事を話しているのではないっ。あれで大丈夫だったのかと聞いている」
「まあまあ、そうお気を立てずに。あれで完璧だと思いますよ。一人称が『余』である辺りなど、もう隣国の馬鹿王に匹敵するほどの馬鹿振りでしたから」
「だから、それは論点ではないと言っているっ」
「まあまあ、あれで問題はありません。うまく騙せた、と思い込んでいる筈です。向こうが行動を起こすまでもう少し猶予がありますので、計画の進行に関しましては寧ろ余裕と言っても良いでしょう」
「なら良かった。ではこれは指図書だ。くれぐれも会議ではしくじらない様に、頼むぞ」
「はい。報告書はまたこちらの方で」
「大臣様あ。会議のお時間になります。至急こちらへぇ」
「今行きますので大声を出さない様に。王様の失礼にあたります」
「全くそうは思っていない癖にな」
「お互い様という事でご勘弁願います。それでは」
二人は機織り機の前に座ると、毎日遅くまで機を織る振りをしました。王様はどんな布か見たくて堪りません。でも初めは大臣に見に行かせました。
「やや、何も見えませんぞ」
大臣は慌てました。でも本当の事を言ったら、馬鹿にされてしまいます。すると嘘つきの一人が言いました。
「どうですか、大臣様。素晴らしい色合いで御座いましょう」
大臣は何食わぬ顔で言いました。
「これは凄い。お見事、お見事」
得意げな様子でもう一人の嘘つきが言いました。
「そうでしょう。織り方によっては様々な色合いになるという性質のものであります。王様にぴったりな布を織りますので、完成まではもう暫し、お待ちを」
王様は大臣の報告を聞いて今度は別の大臣を見に行かせました。やっぱり何も見えません。
それでも王様の所へ戻って、
「素晴らしい布です。あれで服を作れば、王様にぴったりです」
と言いました。
それが城中に広がって、大変な騒ぎになりました。他の大臣や、役人達、下仕えの下男や侍女たちまで、様子を見に行く始末です。その度に王様にお目通りできる者は、素晴らしいと誉め称え、そうでない者は、他の者に自慢し、噂が噂を呼ぶような有様でした。
噂を聞いた王様は早く布が見たくて、もうじっとして居られなくなりました。そこで、大勢の家来を連れて、大嘘つきの仕事部屋へ行きました。
「王様、ご覧下さい。このつやつやとした布の色」
「王様、ご覧下さい。この模様の素敵なこと」
「まさしく、世の中に比類ない布で御座いましょう」
「ああ、早くこの服を着た王様を見たいであります」
大嘘つき達が言いました。何も見えない癖に、家来たちも慌てて言いました。
「本当に素晴らしい」
王様には何も見えません。王様は困ってしまいました。本当の事を言えば、王様は馬鹿者という事になります。王様は満足そうに頷きながら言いました。
「気に入った。今度の行列に間に合うよう、服を作るのだ」
――王様の衣装部屋――
「ああ、演技というものは、やはり疲れる。着替えるのも面倒だ」
「ご自身でなさった設定でしょうに。まあ、バレないか、ということで心配にはなりますね。自分ではどうしても不自然な様に思われますので。私も自分の番の時は、それは冷や汗をかき通しでした」
「あれは全く不自然ではなかったがな。挙動不審さも完璧だった」
「それは、どのような意味で……? 折角あの後、私が報告に上がったのに、その前に見ていたなど、王様もお人が悪い」
「いや全く。それより、そろそろ例の服(笑)が出来上がる様なのだが、指示の方は」
「はい。昨夜の内に隊長へ命を出し、各地に散らせていた兵士を集めています。明朝には全てが揃うかと」
「うむ。これなら間に合うな。ではこれを、次の指図書だ」
「報告書は、……まあ要らないでしょうが一応書いておきます」
「王様、お食事の時間となりました。食堂の方へどうぞ」
「分かった。今行く」
「王様もお若いのに大変ですな」
「それを補佐するお前もな。また食事の時にも話題に上がるだろうが、ボロを出さぬよう気を付ける。では」
さて二人の大嘘つきは、機織りを止めると、鋏で布を切ったり、ボタンを付ける真似をしました。
「やっと出来上がりましたで御座います」
「やっと出来上がりましたであります」
二人の大嘘つきは王様の所へ行き、恭しく服を差しだしました。やっぱり誰にもその服は見えません。王様は鏡の前で裸になりました。大嘘つき達が服を着せるような格好をすると王様もそれに合わせる様に体を動かしました。
「どうで御座いましょう。絹より滑らかな着心地は」
「どうでありましょう。羽より軽いこの着心地は」
「他の布では為し得る事は御座いません」
「正に最高の布、最高の服であります」
「こんな素敵な服は見た事が無い」
「とてもよくお似合いです」
家来たちも口々に褒めました。
「いざとなってみると、自信が無くなってくるのだが。これでどうやって威厳が出せると言うのだ」
「それはもう、最高の服を着ているんだと思えば良いではないですか」
「……楽しんでるだろう。確実に」
「そんな事はありませんよ。王様の晴れ姿存分に堪能させて頂きます」
「……馬鹿にしてるだろう。確実に」
「クックック。けれど、ここでバレたら、全てが台無しですよ。計画の全てが王様に掛かっているのです。くれぐれもお気をつけて」
王様の新しい服の噂はたちまち、町中に広がりました。その服を着た王様の行列が、いよいよ町へやって来ました。
「なんて素敵な服だ」
「こんな綺麗な服は、見た事が無い」
馬鹿者になりたくない町の人々は裸の王様を見て、口々に褒めました。すると一人の子供が、王様を指さして言いました。
「あれ、王さまがはだかで歩いてる」
それを聞いて、恥ずかしくなった町の人たちも本当の事を言いました。
「そうだ、そうだ。王様は裸だ」
でも王様は胸を張り、大威張りで歩いて行きました。
「そんな馬鹿な王様は、死ねッ!」
誰かが叫びました。
その瞬間無数の銃口が王様の方を向きました。にわかに民衆がざわめき始めます。
でも王様は落ち着き払っていました。
「大臣」
「大丈夫です。全て終わっています」
銃声が轟きました。
でも誰も倒れていません。王様も無事です。町の人たちにも流れ弾は当たっていません。
兵隊さんが、銃を持った人を組み伏せ銃口を上に向けていたのです。同じ事が此処彼処で起こっていました。皆突然の事にパニックを起こしかけていました。
王様の声が飛びました。
「静かにッ! これはクーデターだ、わが軍は既に鎮圧しつつある。落ち着いた行動を!」
続いて兵隊さんの隊長も言いました。
「全員、直ちに武装解除しろ。君達の目的は実行不可能だ。繰り返す。全員直ちに武装解除しろ。抵抗すれば命は無いッ!」
悪者たちは全員連れて行かれてしまいました。でも町の人々はまだ心配そうです。王様に口々に問いかけます。
「あれは一体誰、誰が起こしたんです。殴りに行かなきゃ、気が済みません!」
「隣国の馬鹿王だな。私を玉座から引きずり下ろし侵略して、この国も自分の支配下に置こうとしたのだろう。武器も隣国のマークが入っていたからまず間違いない。それに殴りに行かなくても、こっちが話し合いでみっちり始末をつけてくるから案ずるな」
「言い切りましたねえ。馬鹿王だなんて、外交問題になりますよ」
「もうなっている。向こうから吹っ掛けられた立派なのがな。それにこんな馬鹿を派遣してくる訳だから。なあ大臣」
「ええ、本当に」
王様と大臣の振り向く先には、二人の大嘘つきが立っていました。
「私達は何も知らない、なんて言うなよ。きっちり全てを話して貰うからな」
王様の言葉で兵隊さん達は、二人を喋らせる暇も無く引きずっていきました。
「他に残っていないのでしょうか。例えば裏切り者などは」
「その心配はありません」
今度は兵隊さんの隊長が言いました。
「あの大嘘つきらが入国した後、我が国は入国制限を掛けました。新しい人間を国に入れない対策です。国の中の人間を限定してしまえば、隣国と連絡を取っている人を割り出すのは簡単です。その全員へ兵を付かせ、クーデター開始と共に無力化したので問題ありません」
その言葉に人々の間に安心した空気が流れます。
「でも王さま、いなくなればよかった」
「そうだよ、僕たちすごくびんぼう。王さまぜいたくしてる」
幼子の言葉に大人たちは、いきり立ちます。けれど王様は笑って言いました。
「豪華なのは周りの国に負けないようにするためだ。甘く見られたら国全体が危なくなるからな。いつもは皆とあまり変わらない生活を心がけている。まあもっともそれでも贅沢には変わりないが」
「でも服……」
「ああ、あれは、」
「あれは衣装部屋を特別な部屋とする為のカモフラージュですよ。何者にも漏らしてはならない情報を交換する場が必要で、そこには限られた人しか入らせないようにする必要がある。だからこその服好き設定です」
「おい、大臣。それでは秘密の意味が無くなろうが」
「いやはや、これは失礼。また新たなキャラ付けが必要ですな」
今度はみんなが笑顔になりました。
「さて、坊や」
王様は最初に裸だと言った子供に近づきました。
「偉かったな。例え周りの人が違う事を言っていたけれど、それに流されず、しっかりと見たままを言う事が出来た。凄いぞ。そのまま偉い大人になってくれ。周りの大人の様にならない様に」
王様がふざけて言うとどっと笑いが広がります。
少年も笑いながら言いました。
「王様って、すごくふんぞり返ってるような感じだと思ってたけど、案外、普通のお兄さんだね」
「まあ、王様って言ってもまだ十八歳だしな。お兄さんて呼んでくれて構わないぞ」
「じゃあ、お兄さん、お兄さんはあの布は見えた?」
「見えなかったよ。最初から、あれそのものが嘘だったけれどな。見える振りをしなきゃならないから大変だった」
少年は誰よりも輝いた笑顔で言いました。
「お兄さんは、お兄さんの服、見えなかったんだよね? でも僕らを悪いヤツらから守ってくれた。お兄さんは裸だけど、すごく利口な王様だねっ!」
人々は叫びます。
「そうだ、王様は利口だ!」
「俺らを守ってくれたんだ!」
「利口な王様、万歳! 裸の王様、万歳!」
「……大臣、何か着るものはあるか」
「はい、ここに」
どうしてこうなった。の極みです自覚済みです。
けど、部誌の品評会の時には結構高評価だった。吃驚しました。
歴史は、二方向から見ると楽しーんだぜ。
『柏葉二十四号』掲載作品