4話 22歳まで|My life is my own
就職活動というものは、想像していた以上に“壁”だった。
私は見えない。聞こえない。
それだけで、説明会にも面接にも「前提」が違いすぎた。
面接会場では、知らない誰かが私の腕に触れ、誘導しようとしてくれる。
けれど、それが優しい触れ方なのか、急かす動きなのか、
私は一瞬判断できない。
触れられるたびに全身がこわばり、
それでも私は前に進むしかなかった。
――知らない他者に触れなければならない。
それは、私の世界ではもっともむずかしいことだった。
面接官が、私の手に触手話で質問を書いてくれたとき、
その手は少し震えていた。
戸惑いと、恐縮と、どう接すればよいのか分からない不器用さ。
それでも誠意は伝わった。
「あなたは、どういう仕事がしたいですか」
触文字で伝えられたその問いに、私は丁寧に返事を書いた。
内容よりも、「伝わった」という実感のほうが心に残った。
採用が決まった日のことを、私ははっきりと覚えている。
母が手を握って震えていた。
私の手のひらにも、その震えは確かに伝わった。
「おめでとう」という言葉の形は、
触手話ではとても優しい動きをしていた。
そして働き始めた私は、毎日シシゾウと通勤した。
朝の空気は冷たくても、シシゾウの背に触れると安心できた。
足元の動きで、曲がる場所、段差、誰かの接近を教えてくれる。
ずっと一緒に歩んできた私の相棒。
職場でも、彼は静かに私のそばで待っていた。
仕事を覚えるのも、一筋縄ではいかなかった。
私は「音で覚える」ことができない。
「目で見て覚える」こともできない。
だからこそ、指の先だけが頼りだった。
作業台に並ぶ器具の形状、
素材のざらつき、
配置のわずかな段差。
それらをひとつひとつ指で確かめて、
間違えればまた指先から学び直した。
同僚たちは、最初はどう接したらいいのか迷っているようだった。
近づいてくる気配はあるのに、触れられない。
声をかけてくれても、私には届かない。
そういう“溝”が確かにあった。
けれど、ある日、ひとりの同僚がそっと私の手に触れた。
そして、ゆっくりと触文字を刻んだ。
――おつかれさま。
その一言を、私はどれほど望んでいたのだろう。
その指先の温かさで、私は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
そこから少しずつ、職場が変わっていった。
昼休みに手話で挨拶してくれる人。
作業の手順を触文字で伝えてくれる人。
シシゾウの頭を優しく撫でてくれる人。
私の世界に、ひとり、またひとりと光が増えていった。
私は気づいた。
――ああ、ここに私はいていいんだ。
ほんの少しの触れ合いが、暗闇をやわらかく照らす。
光を見たことはない。
けれど、光が“ある”ということだけは分かる。
この世界に、ようやく私は居場所を得た。
それは、ゆっくりと温度を帯びる春の日のように、
私の心に広がっていった。




