3話 18歳まで|This world is so strange
いじめは、中学校でも続いた。
けれど、小学生の頃の私とは違った。
私は、泣き叫ぶことも、ただうずくまることもしなかった。
もちろん、恐怖が消えたわけではない。
背中に触れる乱暴な衝撃。
机の位置をずらされる気配。
何かが近づき、離れ、また近づく空気の揺れ。
それらは全部、私が“嫌われている”という事実を教えてくれた。
でも私は、ただそれを受け止めることをやめた。
母の手のひらに触文字で「だいじょうぶ」と書いたのは、
本当は母を安心させるためじゃない。
――私自身に、言い聞かせる言葉だった。
「だいじょうぶ」
そのたった四文字を、私は何度も何度も心の中で繰り返した。
暗闇の中、それは私の支えになる唯一の“音のない言葉”だった。
やがて私は、支援高校へ進学した。
それは、世界がひっくり返るような経験だった。
私はずっと「自分の世界は狭い」と思っていた。
でもそこには、私が知らなかった世界があった。
初めて触れたとき、誰かが私の手を包み返してくれた。
指先が私の指と重なり
――「こんにちは」と語る触手話が返ってきた。
その瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。
言葉が通じる。
触れれば、想いが返ってくる。
それが、どれほどの奇跡か私は知った。
周りの仲間は、私と同じように“触れることで世界を知る人たち”だった。
見えない。聞こえない。
それでも触れれば、笑える。
触れれば、会話が生まれる。
触れれば、誰かとつながれる。
休み時間になれば、私たちは手を取り合って歩いた。
肩に触れながら方向を確かめ、
手のひらに文字を書き合い、
ちょっとした冗談でも、触れ合いで伝え合った。
私は驚いた。
同じ暗闇の中にいるのに、みんなの世界はこんなにも豊かだった。
「世界って、私が思っていたよりもずっと広いんだ」
光が見えないまま、音が聞こえないまま。
それでも、世界は広がっていく。
触れることで、私は世界の形を知っていった。
奇妙で、複雑で、でも確かに美しい世界。
私はそこで初めて、「自分のままでいていい」と思えた。
仲間との触れ合いは、ただのコミュニケーションではなかった。
それは、生きていくための支えであり、
私という存在を肯定してくれる、温かい証だった。
この高校で、私は「生きる方法」を学んだ。
暗闇の中でも、私には感じられるものがある――
そう信じられるようになった。




