第一話・成人の儀
「アリア、お前と第二王子の婚約が決まった」
いつもと変わらない、アリアにだけ向ける厳しい顔でそう言う父親──オーティス・ヴァイドに、アリアはぽかんとした顔を晒す他なかった。
「⋯⋯今、なんて⋯⋯」
「もう一度言うぞ。お前と第二王子の婚約が決まった。内々のことだが、ほぼ正式に決まったと思って良いだろう。婚約発表はちょうど一年後、お前が16歳になった時にする。それまでは王弟の妻として相応しいように教育をする予定だ」
(⋯⋯ああ、聞き間違いじゃなかったのね。あんな男と結婚しなければならないの?噂では何股もしているようだし⋯⋯それならいっそ死んだ方がましかしら⋯⋯?)
絶望にくれるアリアをよそに、オーティスは明日の成人の儀はフローラリア家の令嬢と行ってもらう、とだけ言い残して執務室から去っていった。
◆◆◆◆
翌日、アリアはひとりで身支度をしていた。本来ならば公爵家の長女という立場故にメイドにやってもらう必要があるが、今日ばかりはそれが出来ない。
それはこの「成人の儀」のルールのせいなのだが──
「⋯⋯こんなものかしら」
鏡を見ると、腰に金の彫刻が施された長剣を差し、動きやすさを考慮されながらもどこか令嬢らしさがある白いワンピースを着た自分がいた。最後に、剥き出しの肩を隠すように丈の短いローブを羽織り、長剣と同様の紋様があしらわれている白いブーツを履くと、どこからどう見ても、伝承に残っている戦乙女のようだった。
しかし、それも当たり前といえば当たり前だろう。なぜならヴィンド家は戦乙女の末代であり、アリアは銀色の髪と紺碧の瞳を持つ、いわゆる先祖返りだったからだ。
そんなことを考えていると、扉が軽くノックされた。
「どうぞ」
「失礼します⋯⋯アリア、お久しぶりですね。今日はアリアの剣に守られることとなるでしょうが、よろしくお願いします」
入ってきたのはアリアと同じような衣装を身にまとった少女だった。
違うのはアリアが美しい剣を持っているのに対し、入ってきた少女は聖なる光を放つ球体がはめ込まれた杖を持っていることと、少女の目は薄紫色だということだけだろうか。
「久しぶりね、シルニア。こっちこそあなたの回復魔法には期待しているわ」
「ええ、もちろんお怪我をなさらないのが1番ですが、万が一の場合は私が綺麗に治してみせます。⋯⋯あ、もうそろそろ時間ですね。積もる話は馬車に乗ってからにしましょう」
2人が街の中央に見える大時計に目をやると、まもなく朝の鐘が鳴る頃だった。
「成人の儀」のルールのひとつにこんな文章がある。
──朝の鐘で去り、夕の鐘で訪れる。
どこから去ってどこに訪れるのかは不明だが、研究者たちの間では「朝の鐘がなる時刻に家を出て、夕の鐘がなる時刻に儀式が行われる場所に着く」のではないかという説が有力候補だとされている。
この「成人の儀」は現在どこの地域でも行われておらず、正解を知る術はないが、戦乙女の末裔たる公爵家の令嬢は縁担ぎの意味を込めて成人になると儀式を行うことになっていた。
(⋯⋯1000年前に行われていたらしい儀式。戦乙女の伝承にも似たようなものがあった気がするわね。同一のものかしら?⋯⋯研究者たちがあの資料を見れず、私も資料の内容を口外できないのならどうしようもないわね。私は剣士だし、研究は専門外だもの)
「アリア」
突然そう声をかけられて振り向くと、そこにはヴァイドが腕を組んで立っていた。
「もう一度成人の儀について確認しておくぞ。ルールと成人の儀にすることを言ってみろ」
「ええと⋯⋯その1、戦乙女を模すこと。その2、朝の鐘で去り、夕の鐘で訪れること。その3、儀式を行っている最中は決して声を出さないこと。それで成人の儀では、遺跡にある聖堂で夜が明けるまで祈りを捧げる──でしたよね?」
アリアがそう言うと、ヴァイドは深く頷き、それ以降は黙りこくった。
「まもなく時間になります。お嬢様方、どうぞお乗り下さい」
そうこうしているうちに時間が近づいてきていたようで、従者にそう促される。彼の手の先には白と金で彩られた豪勢かつ清楚な場所が鎮座しており、繋がれた馬2頭も馬車に合わせた綺麗な鎧を身につけていた。従者の手を借りて2人が馬車に乗った途端、ゴーン、ゴーンと朝の鐘が鳴り響く。従者は急いで扉を閉めると、御者席に飛び乗り馬を走らせた。
「⋯⋯出発しましたね。あ、アリア、後ろにヴァイド公爵がいらっしゃいますよ。手を振ったりしないのですか?」
その言葉に後ろを向くと、オーティスが腕を組みこちらを睨みつけるようにして見ているのがわかった。アリアははぁ、とため息をつくと、前に向き直ってシルニアにこう告げる。
「父様のことは気にしなくていいわ。あれはもう親とは思えないもの」
「⋯⋯アリアらしからぬ発言ですね。なにかあったのですか?」
ふい、と反対を向き、アリアはボソリとつぶやく。
「この国の第二王子、エルファー・フォン・アルテミスとの婚約が内定したのよ。おそらく、か弱い女に執着するあいつの手綱を握れってことでしょうね。私は多少の剣術が使えるから」
アリアは流れゆく街の景色を見ながらこう続けた。
「あいつ、女遊びばかりしているとの噂だし、そもそも10歳も年上だわ。さすがに公爵家の一員だとしての義務だと言われても嫌よ」
門を出る手続きのためか、一旦止まった時の揺れを感じ外を見るアリア。今までで一度も行かせてもらったことの無い外の世界がそこにはあった。
やがて馬車が発車し、アリアたちの声を聞く者が居なくなったところでシルニアが口を開いた。
「第二王子ですか。噂を真に受けてはいけませんと言いたいところですが⋯⋯影たちからちょくちょく歓楽街に遊びに出ているとの報告を受けていますので、私も否定はできないですね。とりあえず、この話は儀式が終わってからにしましょう。儀式は辛いものだと聞きますし、集中力を切らしていては元も子もありません」
「そうよね⋯⋯はぁ、切り替えることにするわ。なにか面白い話はないかしら?」
「そうですね、それなら──」
◆◆◆◆
楽しい時間はあっという間なもので、気がつけば儀式を執り行う遺跡がある森の前で馬車が止まっていた。
「お嬢様方、到着いたしました。ここから先はついていくことが出来ないので少し忠告を。遺跡からまっすぐ北に行ったところにはドラゴン──それも、古代竜がいるそうです。どうかお気をつけください」
扉を開け、アリアたちに手を差し伸べてエスコートしながらそういう従者に、アリアは驚きを隠せなかった。
なぜならエンシェント・ドラゴン──古代竜というのは、その名の通りはるか昔から生きている竜だからだ。それこそ1000年前、戦乙女たちが活躍していた頃のことを知っている可能性もあるほどに。その知識の価値は計り知れないだろう。
「古代竜、ですか。縄張りには入らないように気をつけましょう。竜族は総じて縄張り意識が強いと聞きますから。情報ありがとうございます」
シルニアが回復術師らしい慈愛に満ちたほほえみを浮かべると、従者は顔をパッと赤く染め、それを隠すようにして慌ててお辞儀した。
「さて、出発の準備はできたかしら?」
アリアがそう問いかけると、シルニアは軽く頷き、杖を持ち直した。
「それじゃあ、絶対に生きて帰るわよ?」
「はい、もちろんです!」
そう言って2人は森の奥深くへと入っていった。
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