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90.1回戦2

 正面から、刃と刃がぶつかった。


 ガキィン、と甲高い音が闘技場に響く。


 長剣と短剣。

 重さでは、完全に向こうが上だ。

 ガイルの一撃が、正面から押し込んでくる。


 結界が反応し、ぶつかった地点に薄い光が走った。

 致命傷は防ぐけれど、衝撃も痛みも、そのまま通す結界だ。


 (やっぱり、力はあるな)


 正面で受け止めるつもりは最初からない。


 右手の短剣で斬撃をいなして、左手の“王の刃”で軌道を横に弾く。

 そのまま体を半歩横へ滑らせ、懐に入り込む。


 「ちっ――!」


 ガイルがすぐさま剣を引き戻す。


 そこへ、俺の右手の短剣が、服の袖をなぞるように走った。


 服だけがわずかに裂ける。

 結界が、魔力の火花を小さく散らした。


 「速いな……!」


 ガイルの目が、わずかに見開かれる。


 


 長剣は、間合いの外から振り回せば強い。

 逆に、間合いの中に潜り込めば、一瞬だけ“鈍る”瞬間が生まれる。


 そこを狙って、足を止めない。


 「くっ!」


 ガイルは一歩下がりながら、横薙ぎに剣を払ってくる。


 それを前傾で潜り抜け、俺は逆に懐へ潜り込む。

 左の王の刃で、剣の腹を軽く叩き上げた。


 金属音が跳ね、長剣の角度がわずかに崩れる。


 「まだまだ!」


 ガイルも簡単には崩れない。


 足を軸にして身体を回転させ、体勢を立て直す。

 そのまま柄頭で、俺の側頭部を狙ってくる。


 (こういうの、嫌いじゃないけど)


 右の短剣で柄を流し、左足で床を蹴る。


 視界がくるりと回り、ガイルの背中側へと抜けた。


 「後ろ!?」


 振り向くより早く、背中へと“王の刃”の切っ先をそっと突き付ける。


 「そこで止まりましょうか」


 「……っ」


 ガイルの背筋が一瞬だけ固まる。


 結界越しに、観客席のざわめきが一段高くなった。


 


 「――まだだ!」


 ガイルは踏み込んで距離を無理やり潰し、その勢いで転がるように前へ抜けた。

 剣先が、床をかすめる。


 体勢を崩しながらも、すぐに立て直して構えを取り直す。


 (いい反応するな。さすが騎士見習いってところか)


 


 今度は、向こうが先に動いた。


 低い位置から斜め上へ、素直な軌道の一撃。

 力任せではなく、自分の体重をしっかり乗せた、いい斬り込みだ。


 俺は右の短剣でそれを受け流し、左足を軸にして半歩外側へ。


 流れた長剣の上から、王の刃を軽く叩きつける。


 ガン、と鈍い音。

 衝撃が剣を通してガイルの腕を痺れさせる。


 「ぐっ……!」


 両手の握りが一瞬だけ甘くなる。


 そこに、右手の短剣の柄で、ガイルの手首を軽くはじいた。


 「――っ!」


 長剣が、手から離れそうになる。

 必死に握り直したところへ、俺は一歩踏み込んだ。


 


 「悪い。ここで決める」


 王の刃を逆手から順手に持ち替え、足元を狙う。


 ガイルは上段を警戒していた分、反応が半拍遅れた。


 結界が反応し、刃の軌道の手前で光が厚くなる。

 それでも、足元への衝撃はしっかり伝わるように調整されている。


 「ぐあっ――!」


 片足をすくわれた形になり、ガイルの体が横倒しになる。


 バランスを崩したところへ、俺はすかさず距離を詰めた。


 喉元すれすれに、右の短剣の切っ先を突き付ける。

 左手の王の刃は、軽く構えたまま。


 「……これ以上続けると、本当に痛い目見ますよ?」


 「……っく」


 ガイルが地面に手をつき、しばらく歯を食いしばったまま動かない。


 結界が、彼の足元でまだ淡く光っている。

 痛みだけは、ちゃんと通っている証拠だ。


 数瞬の沈黙のあと――


 「……参った」


 小さく、しかしはっきりとガイルが言った。


 


 その瞬間、審判の声が響き渡る。


 「そこまで!

  勝者――レン・ヴァルド!!」


 結界の光がふっと薄くなり、観客席から大きな歓声とざわめきが押し寄せてきた。


 


 短剣を下ろし、ガイルに手を差し出す。


 「大丈夫ですか?」


 「……ああ。完敗だよ」


 ガイルは苦笑しながら、その手を掴んで立ち上がった。


 「速さも、間合いの出入りも、全部一枚上を行かれた感じだ。

  正面から力勝負しても、多分押し切られてたな」


 「……ありがと」


 素直にそう返すと、ガイルは少しだけ目を丸くしてから、ふっと笑った。


 「次に当たる時は、“速い相手用”にちゃんと組み立ててくるさ」


 「そのときは、その上を行けるようにしておきます」


 


 軽く握手を交わしてから、互いに一礼する。


 観客席からは、先ほどよりも温かい拍手が続いていた。


 


 闘技場の外に出ると、通路の向こうでリーナが待っていた。


 「お疲れ!」


 駆け寄ってきて、勢いよく背中を叩かれる。


 「痛い痛い、肩まだ完治してないから」


 「じゃあ、もう少し優しくしとく」


 そう言いながら、今度は少し力を抜いてもう一回叩かれた。


 「割と早くに決着決めたじゃない」


 「長引くと、どっちも疲れますから」


 そう答えると、リーナは小さくため息をついてから、口元だけで笑った。


 「はいはい。

  “ちょっと様子見でした”って顔してるけど、相手の子かなりヘトヘトだったからね?」


 「全力で殴り合うより、短く終わった方がいいかなって」


 「そういうところが、なんかレンっぽいんだよね」


 


 少し離れたところで、ルデスが腕を組んでこちらを見ていた。


 「初戦としては、上出来だね」


 ふたりの近くまで歩いてきて、ルデスは短く言う。


 「正面からでも押し切れただろうけど、

  余計な怪我を避けて、最短で一本取る方を選んだ。――いい判断だったよ」


 「結果的にそうなってくれたなら、よかったです」


 「うん、その調子で頼む」


 ルデスはわざとらしく肩をすくめる。


 「次の対戦相手の情報は、リーナから渡しておく。

  今日はあと一試合。それに勝てば、ブロック代表決定戦まで進める」


 「了解です」


 通路の奥から、次の試合の呼び出しが聞こえてくる。

 歓声も、剣戟の音も、まだまだ続きそうだ。


 (……一つずつ、だな)


 肩の力を抜いて深呼吸しながら、


 俺は次の試合に向けて、また待機所へと戻っていった。

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