89.1回戦
ブロックごとの待機所は、闘技場の真下にあった。
石造りの通路を抜けると、半分地下みたいな広い部屋に出る。
そこに出場者たちが、思い思いの場所で準備をしていた。
腰を落として深呼吸してるやつ。
ひたすら素振りをしてるやつ。
壁にもたれて、目を閉じているやつ。
ざっと見ただけでも、みんなそれなりに場数を踏んでいそうだった。
(そりゃそうか。王都中から剣自慢が集まってるわけだしな)
俺も壁際の空いたベンチに腰を下ろし、装備を指でなぞる。
腰の左右には、短剣が一本ずつ。
右が、自分の馴染みの短剣。
左が、ルデスから預かった“王の刃”。
柄にそっと触れると、王の刃の方が、かすかに熱を返してきた気がした。
勝手に暴れ出すような気配はない。
ただ、握ればちゃんと応えてくれる、そんな感覚だけが残っている。
「Aブロック、第一試合の選手は準備を!」
係の声がして、何人かが立ち上がった。
俺の番は、第二試合だ。
もう少し、様子を見ていられる。
待機所の奥には、小さな魔導板が設置されていた。
そこに、上の闘技場の映像がうっすら映し出されている。
試しに目を向けると、ちょうど第一試合の二人が向かい合うところだった。
「始め!」
審判の声と同時に、二人の剣がぶつかり合う。
観客の歓声は、石壁越しでもはっきり聞こえてきた。
(……動き、悪くないな)
スピードも、力も、それなりに高い。
だが、あのまま正面から殴り合うなら、俺でもやりようはいくらでもある。
「次、Aブロック第二試合――」
係の声が、近くまで来た。
「レン・ヴァルド」
名前を呼ばれ、立ち上がる。
胸の奥が、ひとつだけ強く脈打った。
「こちらです。入場口までどうぞ」
係に案内され、通路を進む。
頭上からは、ちょっとした振動と歓声が伝わってきた。
さっきまで戦っていた第一試合が、ちょうど決着したところなのだろう。
(深呼吸、深呼吸)
意識して、息を整える。
通路の先には、上へと続く短い階段。
その一段一段から、眩しい光が漏れていた。
階段の手前で、係が動きを止める。
「合図が出たらゆっくり上がって、そのまま正面に出てください。
観客席の方を一度だけ見て、審判の指示を待つこと。――大丈夫ですか?」
「はい、多分」
僕の緊張を見て係の人が
「緊張して足を滑らせても、結界があるので死にはしません」
「そこはフォローになってないと思うんですけど」
軽口を返したところで、係がくすっと笑った。
「そういう返しができるなら大丈夫ですよ。――では、行ってらっしゃい」
その言葉と同時に、頭上の扉が開く音がした。
まぶしい光と、歓声の波。
審判の張り上げる声が、はっきりと聞こえてくる。
「Aブロック第二試合!
西側、学園編入生――レン・ヴァルド!」
(よし)
階段を、一段ずつ上がる。
視界が開けた瞬間、観客席の多さに、思わず一瞬だけ息を呑んだ。
四方をぐるりと囲む人、人、人。
上空には、魔法配信用の光の柱が浮かんでいる。
結界の膜が、陽光を受けてうっすら揺れていた。
観客席の一角に、見慣れた姿を見つける。
ルデスと、その隣で身を乗り出しているリーナだ。
リーナが気付いて、大きく手を振った。
(……見えてるから)
心の中で小さく返事をしてから、視線を正面に戻す。
反対側の通路から、もう一人の選手が上がってきた。
黒髪を短く刈り、無駄のない動きで歩いてくる男だ。
年は俺より少し上か、同じくらいか。
腰には長剣一本。
「東側、王都騎士見習い――ガイル・ノートン!」
審判が名を告げると、観客席から小さなどよめきが起きた。
(騎士見習い、か)
なるほど、そりゃ周りも注目する。
俺が軽く頭を下げると、ガイルも礼儀正しく一礼を返してきた。
「両者、中央へ」
審判の声で、俺たちは一歩ずつ歩み寄る。
結界の膜が、近くで見ると、薄い水面みたいに揺れていた。
「武器は抜刀状態から始めてもよい。
魔法は補助まで。致命傷を狙う攻撃は禁止。――それ以外は、自由だ」
審判が、改めて簡単な確認をする。
「質問は?」
「ありません」
ガイルが短く答える。
「俺も大丈夫です」
「よろしい」
審判が、一歩下がる。
結界の外にいる治癒班の白いローブが、視界の端に揺れた。
(一本勝負。――さっさと終わらせる)
右手で、いつもの短剣の柄を握る。
左手で、王の刃を抜き、逆手に構えた。
風が、結界の内側でわずかに揺れる。
審判の手が、上へと上がる。
「――始め!」
号令と同時に、床を蹴った。
ガイルもまっすぐ踏み込んでくる。
正面から、長剣と双短剣がぶつかる瞬間――
観客席の歓声が、一気に跳ね上がった。




