88.ルール説明
開会宣言が終わって、歓声が一段落したころ。
参加者たちは一度、控えスペースに集められることになった。
「レン、こっち」
リーナに袖を引かれ、人の波を抜けていくと――
テントの陰、少し人目の少ない場所に、ルデスが立っていた。
片腕はまだ吊ったままだが、表情は落ち着いている。
「来たね。――レン、それとリーナも」
「殿下も、出場されるんですよね?」
リーナが腕を見ながら言うと、ルデスは軽く肩をすくめた。
「本戦から、かな。
この腕が動くようになれば出るし、駄目なら今回は見送りだ」
「それでも本戦スタートはずるいですよね」
思わず口にしたら、リーナに肘でつつかれた。
「レン、そういうのは言わないものだよ」
「はいはい」
ルデスは少し笑ってから、真面目な顔に戻る。
「じゃあ、“ルールの最終確認”をしておこうか。
当日になって『聞いてませんでした』は通らないからね」
「お願い」
出場するのは俺だけだ。
リーナは運営側の手伝いでバタバタしている立場らしい。
「まず、個人戦は“一本勝負”」
ルデスは指を一本立てる。
「どちらかが“戦闘続行不能”になった時点で決着。
立てなくなる、意識を失う、“降参”を宣言する――どれか一つでも満たした方が負けだ」
「結界が危険と判断して、強制終了になるパターンもありますね」
リーナが横から補足する。
「そう。本人に続ける気があっても、結界が“アウト”としたらそこで打ち切り。
そこから先は治癒班の仕事になる」
ルデスの視線が、闘技場の中央へ向いた。
円形のステージを囲むように、淡い光の膜が張られている。
「今回は、“大剣術祭専用の結界”を張ってある」
声が少し低くなる。
「内側では、本来なら致命傷になるダメージを“魔力負荷”に変換する。
出血や内臓へのダメージは抑えられるが――痛みと疲労は、そのままだ」
「つまり、“死なないだけで普通に痛い”ってことですね」
リーナが肩をすくめる。
「その理解で合ってる。
骨が折れるときは折れるし、筋も切れる。
命までは落とさない、という安全装置がついているだけだ」
俺は結界の光を見ながら、小さく息を吐いた。
(戦場よりはだいぶマシ、ってところか)
「魔法についても、念のため」
ルデスは話を続ける。
「許可されているのは、身体強化や感覚強化、それと剣を生かす補助まで。
“魔法そのもの”で相手を倒しにいくのは禁止だ」
「広範囲で吹き飛ばしたり、焼き払ったりはアウト、ってことね」
リーナが簡単にまとめる。
「そう。観客もいるし、あくまで“剣術祭”だからね。
あまりに大きい攻撃魔法は、結界が自動で弾くようになってるはずだよ」
ルデスはそこで一度区切り、今度はまっすぐ俺だけを見る。
「細かい判定は審判が決める。
レンは、そこは気にせず“自分の剣”に集中してくれればいい」
「了解です」
テントの外から、呼び出しの声が響いた。
「Aブロック第一試合、選手は入場口まで!」
歓声が、また一段高くなる。
「そろそろね」
リーナが、俺の袖を軽くつまんだ。
「緊張してる?」
「まぁ、ちょっとだけ」
そう答えると、リーナはふっと笑う。
「じゃあ、帰ってきたときに“どうだった?”って聞くから、
ちゃんと胸張って答えられるようにしといてよ」
「プレッシャーのかけ方ヘタだろ」
口ではそう言いながらも、少しだけ肩が軽くなる。
ルデスが、顎をしゃくった。
「俺は今日は貴賓席と控えの往復だ。
時間があったらまた様子を見に行くよ」
「あの上の席から試合を見てるってことですね」
「そういうこと。
――勝っても負けても、ちゃんと戻っておいで」
「うん。行ってきます」
テントを出ると、太陽の光と歓声がいっぺんに押し寄せてきた。
観客席のざわめき。
剣のぶつかる音。
遠くで響く解説役の声。
全部まとめて、胸の奥が少し熱くなる。
「レン、顔こわい」
「今からほぐすところ」
軽く首を回して、深く息を吸い込んだ。
「行ってくる」
(まずは、目の前の一試合だ)
心の中でそう区切りをつけて、
俺は、自分のブロックへと続く通路を、ゆっくりと歩き出した。




