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85.その後

 レンの体が、光の膜の上で一度大きく跳ねてから、静かに沈みこんだ。


 「……落ちたか?」


 リアムが、しばらく剣を構えたまま動かずにいた。


 レンは仰向けに倒れ、胸がかすかに上下している。

 瞳は半ば閉じかけ、さっきまでの黒い濁りも薄れていた。


 イリスが駆け寄り、慌ててその胸元に手を当てる。


 「生きてる。……でも、ひどい。魔力がぐちゃぐちゃにかき回されてる」


 「“刃”の方は、全然大丈夫そうだな」


 オルフェンが、床に落ちた“王の刃”へ視線を向ける。


 さっきまで黒く染まっていた刀身は、鈍い銀へと戻りつつあった。

 ただ、根元のあたりにはまだ、黒い筋がわずかに残っている。


 リアムはそれをつま先で軽く蹴り、レンから遠ざけた。


 「レンからはいったん離しておく」


 


 「……これで、ひとまずひと段落か」


 ルデスが、小さく息を吐いた。


 片腕はまだまともに動かない。

 だが、リーナを抱えていたときよりも、表情にはわずかに余裕が戻っていた。


 そのすぐ横で、リーナは静かに眠り続けている。

 糸の気配も、鈴の音も、今は彼女の周りから完全に消えていた。


 


 「第六は倒し、“鈴”は壊れた。レンも無効化した。リーナは眠りで保護。

  ……残りは、第七だけだな」


 オルフェンがそう言って、ゆっくり顔を上げる。


 


 ――だが、そこにいたはずの“夢を縫う者”の姿は、もうなかった。


 


 「……逃げられたか」


 セリカが盾を下ろし、悔しそうに舌打ちする。


 広間の壁や天井には、まだ赤黒い糸の痕がかすかに残っている。

 だが、その糸はもう動かない。ただ、切り捨てられた蜘蛛の巣のように垂れ下がっているだけだった。


 「あの女だけ無傷ってことはない。

  傷は負ってるはずだが……追うなら別ルートからになるだろうな」


 オルフェンが、壁に残った糸の切れ端へ指先を当てながら言う。


 


 「追跡は後だ」


 ルデスが短く区切った。


 「今優先すべきは、生きている者の方だ」


 「……セイルも、な」


 リアムが、視線を少し離れた場所へ向ける。


 


 そこには、イリスの光に包まれたセイルが横たわっていた。


 胸元の傷は、ひとまず血が止まっている。

 だが、イリスの顔は晴れない。


 「外側は押さえ込めてる。けど、中が……」


 イリスが唇を噛む。


 「さっきも言ったけど、傷が“糸で引かれてる”みたいに、内側から何度も開き直そうとしてる。

  塞いでも塞いでも、奥の方でほどけていく感じ」


 「第七の魔力が、まだ残っているんだろう」


 オルフェンが静かに言う。


 「時間をかければ、押し合いには持ち込めるが……それで助かるかどうかは、正直五分五分だ」


 


 ルデスは、レンとセイル、二人の顔を順番に見た。


 そして、短く息を吐く。


 「ここでこれ以上長居はできない。

  十四層を後にして、上への退避を最優先とする」


 「判断は妥当だな。上でなら、まだ打てる手も増える」


 オルフェンが頷く。


 


 リアムがひざまずき短剣を拾い、レンの腕を肩に回した。


 「レンは俺たちで運ぶ。

  セイルは――王子殿下、そちらで?」


 「ああ、そうさせてもらう」


 ルデスは迷いなく答え、まだ使える方の腕でセイルを支える。


 イリスがその周りに光の幕を重ね、衝撃が少しでも和らぐように魔法をかけた。


 「リーナは私が」


 セリカがリーナをそっと抱き上げる。


 「意識はないけど、呼吸は落ち着いてる。……このまま寝かせておこう」


 


 広間には、まだ戦いの痕が生々しく残っている。


 砕けた床、ひび割れた柱、焦げた跡と凍りついた部分。

 かつて鈴の音が乱していた空間は、今は妙に静かだった。


 


 「……今回の勝ち負けを決めるなら、どう見る?」


 階段へ向かって歩き出しながら、リアムが小さく呟く。


 「第六は討伐。第七は逃亡。

  レンとセイルは意識不明。王子殿下の腕もただでは済んでいない」


 「“現場”だけ見れば、ぎりぎりこちらの勝ちだ」


 オルフェンが答える。


 「にしても、ここまで被害が出るとはな、あいつらは一体何者なんだろうか」


 リアムは疑問に思いながらも、肩にかけたレンの重みを確かめるように握り直した。



 十四層の広間を後にし、一行はゆっくりと階段へ向かう。


 眠るリーナ。

 意識のないレン。

 瀕死のセイル。

 腕を負傷した王子。


 そして、多少怪我はあるものの無事残った勇者パーティ。


 


 「大剣術祭どころじゃなくなってきたな」


 誰ともなくこぼれたその言葉に、誰も返事はしない。


 ただ足音だけが、静まり返った迷宮の中に、ゆっくりと響いていった。

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