82. セブンナンバーズ-夢を縫う者-2
視界の端で、勇者たちの方で動きがあった。
「セリカ、もう一歩踏み込む! オルフェン、糸を止められるか!」
リアムが叫ぶ。
セリカが盾を構え、横から伸びた糸の束をまとめて弾く。
オルフェンの魔弾が、糸の結び目を狙って撃ち抜いた。
「……ちょっと、しつこいわね」
第七が小さく息を吐く。
その足元には、まだ何本も糸が残っていた。
けれど、さっきよりも動きは硬い。
(追い詰めてる……)
そう思った瞬間だった。
「――はっ!」
リアムの剣が、一段と強く光る。
床を蹴り、一気に距離を詰めた。
光をまとった斬撃が、第七めがけて振り下ろされる。
さっき布を張った場所とは、わざと違う角度。
正面からではなく、斜め上からの一閃。
「……っ」
第七の目が、わずかに細くなる。
糸が一気に編まれかけ――た、その瞬間。
視界の端で、氷が跳ねた。
「セイル――!?」
叫ぶより早く、彼の姿が消える。
氷紋を踏み台にするような動きで、
セイルが第七とリアムの間に、割り込んで入りこんだ。
「――!」
光が、胸元を斜めにえぐる。
鈍い音と共に、血と冷気が同時に飛び散った。
「セイル!!」
自分でも驚くくらいの声が出た。
リアムの剣は、完全には止めきれず、
それでもギリギリで軌道を逸らされた形で、第七の肩をかすめている。
「……危ないわ、そういう“動き”もできるのね」
第七は、一歩下がりながら、胸元を抑えた。
衣の一部が裂け、糸がほどけ、薄く血がにじんでいる。
「守る対象の上書き、ギリギリ間に合ったみたいね」
その目にはほんの少しだけ楽しそうな色が混じっていた。
「バカか、お前……!」
リアムが、セイルの体を支える。
セイルの胸には、深い切り傷。
普通なら、そこで即死してもおかしくない一撃だ。
「っ……げほっ……」
口からこぼれた血が、床の氷を赤く染める。
「なんで……入ってきた」
リアムが顔をしかめる。
「守らなきゃって…あれ…俺は一体誰を…」
セイルが息を切らしながら話していたが、途中で言葉が途切れた。
意識が、すとんと落ちかける。
「イリス!」
リアムが叫ぶ。
「こいつ、まだ息ある! なんとか――」
「任せて!」
イリスが駆け寄り、すぐに治癒魔法を展開した。
柔らかな光が、セイルの胸元を包む。
だが――
「……これは、無理かもしれないです」
眉間に皺が寄る。
「傷が“外側”じゃなくて、中で引っ張られています。
塞ごうとすると、奥からほどけてくる」
「治せないのか」
リアムが歯ぎしりする。
「治るか怪しいわ。
時間をかけて、少しずつ抑え込むしかない」
その間にも、セイルの体からじわじわと赤黒い魔力が漏れている。
「ほんと、手間のかかる子ね」
第七が、つまらなそうに肩をすくめた。
リアムの一撃から、セイルの飛び込み。
その一瞬で、彼女は“勇者の間合い”から外へ逃れていた。
「でも、おかげで少し余裕ができたわ」
指先で、また糸をつまむ。
今度、向き先は――俺の方だった。
肩の傷が、弾かれたように痛む。
「っ……ぐ」
膝がわずかに沈む。
(セイルの分が……こっちに全部、流してきてる)
さっきまでセイルに割かれていた糸が、
今はほとんど“こっち側”に向けられているのが分かった。
俺の肩から伸びる糸。
沢山の糸が空中で絡まり合いながら、第七の指先に集まっていく。
「レン!」
ルデスの声が飛ぶ。
「――意識だけは、離すな!」
「……簡単に言うね」
短く吐き出すように返し、足を踏みしめる。
肩の中で、赤黒い何かと、自分の輪郭がぶつかり合っていた。
「いい顔になってきたじゃない」
第七が、楽しそうに目を細めた。
「ここから先は――糸と、心だけで決めましょうか」
その指が、ゆっくりと下ろされる。
俺の肩に引かれた糸が、十四層の空気をきしませた。
嫌な熱が、頭の奥まで一気に駆け上がる。
(……まずい)
視界の端で、勇者たちがまだ第七に詰め寄ろうとしているのが見えた。




