8.リステアの依頼板と、新たな選択
午前の光が街を包み始めたころ、レンたちは再びギルドへと向かっていた。
前日までの疲れは残っていたが、心は不思議と軽い。
人々の笑い声、荷車の軋み、香ばしいパンの匂い――街が目を覚ましていく音が心地よかった。
「なんか……昨日までと街の見え方が違うな。」
レンが呟くと、カイが軽く笑った。
「初めて命を救ったあとってのは、そう感じるもんだよ。」
「そ、そういうもん?」
「そういうもんだ。」
ゴルドは背中の盾を直し、短く言った。
「人を守るのも、戦うのも同じだ。力があるなら、使いどころを間違えるな。」
その言葉にレンは静かにうなずいた。
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◆ギルドの朝
冒険者ギルドの扉を開けると、早朝にもかかわらず多くの冒険者たちで賑わっていた。
酒の香りと油の焦げた匂い、そして掲示板の前に集まる人々のざわめき。
昨日とはまた違う“生きた空気”がそこにあった。
「さて……今日は何を受ける?」
カイが掲示板に近づき、並ぶ紙をざっと見渡した。
【薬草採取(初級)】
【害獣駆除:森外縁部】
【商隊護衛(短距離)】
【討伐依頼:スライム群】
その中で、カイが一枚の紙を指差す。
「これだな、【害獣駆除:森外縁部】。報酬は銀貨20枚。4人で割れば5枚ずつ、手頃だ。」
「危険度は初級〜中級ね。」ミナが目を通す。
「昨日よりは緊張感ありそうだな。」ゴルドが頷いた。
レンは少し離れた場所に立ち、依頼票を見つめていた。
その隣に貼られた一枚の紙が、ふと目に留まる。
【特殊素材回収依頼:古代の洞窟跡】
報酬:金貨1枚
危険度:中級(推奨ランクD以上)
「これ……」
「おいおい、いきなり無理だって。」カイが笑って止める。
「俺たちはまだEランク。いきなり中級に首突っ込んだら、昨日みたいに命がけだぞ。」
「……わかってるけど、ちょっと気になって。」
レンの目には、“洞窟跡”という言葉が焼きついていた。
なぜか、その響きが頭から離れなかった。
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◆受付にて
「おはようございます、昨日の方々ですね。」
受付の女性が笑顔で迎えた。
昨日と同じ職員――レンは少し照れくさく会釈をする。
「昨日は本当にお世話になりました。」
「いえいえ。あの救出の件、すでにギルドにも報告が届いています。皆さん、しっかり評価されていますよ。」
「評価?」カイが首を傾げる。
「臨時とはいえ、命を救った功績です。Eランクのままですが、信頼度が上がりました。」
「ほぉ、信頼度ってやつか。地味に大事なんだよな、あれ。」
職員は軽く頷きながら、依頼票を整理していた。
「今日はどうなさいますか?」
「害獣駆除を受けようと思います。」カイが言う。
「了解しました。外縁部は昨日よりも少し南側、昼過ぎには戻れると思います。」
書類を受け取りながら、職員が笑った。
「昨日のあなたたちなら大丈夫ですよ。……あ、そうだ。」
「ん?」
「ギルドの上位パーティが、古代遺跡方面で討伐任務を受けたそうです。もし見かけたら、近づかないように。」
「古代遺跡……?」レンが反応する。
「Eランクにはまだ危険な場所ですからね。好奇心はほどほどに。」
レンは軽く笑ってごまかした。
しかし、心のどこかでその言葉がひっかかっていた。
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◆出発
「さーて、今日もがんばるか!」カイが声を上げる。
「うるさい。」ゴルドがぼそりと返す。
「ふふ、いつも通りね。」ミナが笑った。
レンは背負い袋を整え、剣を軽く抜いて刃を確認する。
朝の光が刃に反射し、一瞬、彼の目に光が映る。
その光が――どこか、リーナのペンダントの輝きを思い出させた。
レンは小さく首を振り、笑った。
「よし、行こう。」
4人の影が、朝の街路を並んで伸びていった。




