79.セブンナンバーズ-音を刻む者-
広間の反対側では、セリカが盾を構えたまま第七を押さえ、
リアムが第六へと距離を詰めていく。
鈴の音は、まだ鳴り続けていた。
チリン……チリィィン……。
鳴るたびに、空気がねじれて、足元の感覚がおかしくなる。
「遅いな、勇者」
第六が、楽しそうに鈴を揺らす。
「君の一撃は簡単には当たらないよ」
「うるさい」
リアムは短く返した。
光をまとった剣を構え、真正面から踏み込む。
斬撃がまっすぐ走り、第六使徒めがけて落ちた。
チリン。
その一音で、斬撃の軌道が横へとねじ曲がる。
光が壁を切り裂き、石片が飛び散る。
「ほらね」
第六は一歩も動いていない。
「音に合わせて、空間の“向き”を変えているだけさ。
君の剣は、ちゃんとまっすぐ飛んでるよ?」
「だったら――」
リアムが歯を食いしばる。
「その“ずらし”もまとめて叩き切ればいいだけだ!」
鈴の連打が始まった。
チリリリリ――ン。
床石が低くうなり、広間全体が揺れる。
足元から伝わる振動が、膝から背骨まで一気に駆け上がった。
「リアム!」
セリカが叫ぶ。
「下から来る!」
「分かってる!」
リアムは踏み込みを反転させるように、地面を蹴った。
足元を狙って迫ってきた見えない衝撃が、さっきまで彼のいた場所をえぐる。
床石が砕け、ひび割れが広がった。
(斬撃の軌道だけじゃない……足場ごと、音で操作してる)
頭の奥の痛みが、また強くなる。
鈴の音が、意識の“芯”をガリガリ削ってくる感じだ。
「オルフェン!」
リアムが、すれ違いざまに叫ぶ。
「こいつの足一瞬停められないか!?」
「一瞬だけなら!」
オルフェンが杖を床に叩きつける。
第六の足元だけ、淡い魔法陣がぱっと浮かび上がった。
「そこから動くなよ!」
「やれやれ、手が早いね」
足首を縛られ、第六が少しだけ顔をしかめる。
けれど、指先は自由だ。
チリン――。
高い音が鳴った瞬間、空中にいたリアムの体がわずかに傾く。
空間そのものが“右”へ引っ張られたような感覚。
「軌道をずらされるのは、もう分かってる!」
リアムは、自分の体が流される方向に、そのまま剣を振り抜いた。
本来狙っていた位置より、大きく外側。
だけど、そこは――音で“ずらした先”に逃げようとした第六の位置だった。
「……っ!?」
第六の目が、初めてわずかに見開かれる。
「ずらされるなら、その先ごとまとめて斬る!」
リアムの剣が、放たれた光の道筋をなぞるように輝く。
「――ブレイブスラッシュ!!」
眩い光の軌跡が、床をかすめ、第六の胸元を真正面から貫いた。
轟音と共に、広間全体が揺れる。
衝撃で石の柱がきしみ、天井から砂と小石がぱらぱらと落ちた。
足元の振動が、今度は“音”ではなく、ただの余波として伝わってくる。
「……は、はは。まったく、面倒な勇者だね」
第六は、それでも笑っていた。
壁際まで吹き飛ばされ、
胸元には、深く焼け焦げた光の傷が刻まれている。
血を吐きながら、かろうじて上半身を起こした。
「音で……ねじ曲げても……
曲げ方を先読みされたらおしまい…か…」
「こんなに早く…対応するなんて…さすが勇者、と言ったところか…」
「鈴で遊んでる暇があるなら、もっとマシなことに使えよ」
リアムは剣を構えたまま、睨みつける。
「“鈴”は、これで終わりだ」
「……ああ。
そうだね。鈴は――ここで、終わりだ」
第六は、指先で最後に鈴をつまんだ。
根元にはひびが入り、もう音は鳴らない。
力の抜けた指から、鈴がこぼれ落ちる。
カラン――。
鈴が床に当たって割れる、乾いた音が響いた。
その瞬間、十四層から“不快な音”だけが完全に消えた。
頭の痛みが、すっと引く。
さっきまで意識を締め付けていた何かが、全部ほどけていくような感覚。
肩の傷のうずきも、ほんの少しだけ軽くなった。
(……これで、あいつは終わり)
「リアム!」
セリカが駆け寄る。
「無事!?」
「ちょっと耳が変な感じするけどな。大丈夫だ」
リアムは息を荒げながらも、笑ってみせた。
「さすが勇者、といったところかしら」
夢を縫う女が、ひとつだけ軽く拍手をした。
その表情に、焦りはない。
「第六、実戦は弱いわね
ここから先は――私の出番ね」
そう言って、彼女はゆっくりとこちらを見た。
視線の先には、俺とセイル。
鈴の音は消えたはずなのに、肩の傷だけは、逆に熱を増していく。
(……まだ終わってない。やっぱり第七を倒さないとダメか)
短剣の柄を握り直しながら、俺はセイルの方へ体を向けた。
ここまで更新後すぐご覧の方、更新遅れてすみません。
明日から質を上げるために更新遅くなるかもしれません。ご迷惑おかけしますが今後ともよろしくお願いします
(2025/11/22 08:30:55)
加筆により1部分かりにくい表現を修正しました。




