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78. 眠りと暴走のはざまで

 鈴の音、氷のきしむ音、風のうなり、魔力のざわめき。

 全部がいっぺんに広間の中でぶつかり合う。


 「セリカ前! イリスは結界! オルフェン、“鈴”を封じてくれ!」


 先頭に立ったリアムが、短く指示を飛ばす。

 光をまとった剣を構え、まっすぐ鈴を鳴らしている男――第六へ踏み込んだ。


 「了解。あれが静かになれば、だいぶマシになる」


 オルフェンが杖を軽く鳴らし、鈴を見た。

 イリスの前には淡い光の壁が展開される。

 鈴の音に重なるように、柔らかな聖印の光が広がっていった。


 


 「レン、よそ見してる場合じゃないですよ」

 セイルの声が、すぐ近くから飛んでくる。


 足元の氷鎖が、俺の足首を狙って跳ね上がる。

 ギリギリで飛び退き、床をえぐる冷気を避けた。


 短剣で弾ける分だけ弾き、残りはとにかく動いて避ける。

 肩の傷がうずいても、足は止めない。


 「……まだ、意識ははっきりしてますか?」


 「当然。こんな状況で寝てられるかよ」


 軽口を返した瞬間、頭の奥がきしっと鳴った。

 鈴の音と一緒に、何かが心の中を引っかく感覚。


 (ヤバいな……さっきの薬と、鈴と、糸と……全部まとめて押し込まれてる感じだ)


 セイルの周りの空気は、さっきからずっとおかしい。

 冷気に混じって、赤黒い“何か”が薄くにじんでいるように見えた。


 


 「オルフェン!」

 リアムが戦いながら叫ぶ。


 「操られてる二人、なんとかできないか! リーナとセイルだ!」


 「……やってみよう」


 オルフェンが杖を前へ向け、俺たちの位置を素早く見定める。


 「狙うのはあの娘と、その横の少年だ」


 低く呟き、詠唱を短くまとめた。


 「――眠りのスリープヴェール


 淡い光の帯が、床をすべるように伸びていく。

 弧を描くように広がり、リーナとセイルの足元へ向かって走った。


 


 最初に光を受けたのは、リーナだった。


 「……っ」


 リーナの肩が、小さく震える。


 次の瞬間、糸に引かれていた力がふっと抜けた。

 膝から崩れ落ちる彼女を、ルデスが慌てて抱き留める。


 「リーナ!」


 瞳から濁った光が消え、代わりに穏やかな寝息が聞こえた。


 「眠っているだけだ」

 オルフェンが短く言う。

 「心も、今は静かだ。イリス、状態を見てくれ」


 「うん、平気。……ちゃんと安らかに寝てるだけ」


 イリスが胸に手を当て、ほっと息を吐く。


 


 続いて、眠りの光がセイルの足元に触れた――その瞬間だった。


 「っ……!」


 セイルの周りの空気が、はじけるように揺れる。

 冷気に混じっていた赤黒い気配が、一気に噴き上がった。


 光の帯が、その魔力とぶつかった途端、

 じゅっ、と何かが焼けるような音を立ててかき消える。


 「……効かない、だと?」


 オルフェンが目を細めた。


 眠りの魔法は届いているはずなのに、

 セイルの体の周りで、全部弾かれていた。


 「レン……」


 セイルが、小さく名前を呼ぶ。


 一瞬だけ、瞳の奥の濁りが揺れた。

 けれど次の瞬間には、また赤黒い魔力に飲み込まれていく。


 「……来ないでください」


 低く、押し殺した声。


 足元には、細い氷の棘がまた生まれ始めていた。


 (眠りが入らない……暴走してる魔力が、全部はね返してるのか)

 「二人のうち、ちゃんと寝かせてあげられたのは……片方だけね」


 夢を縫う女が、つまらなさそうに目を細める。

 「あの子は、もうそんなヤワな魔法は効かないわ、もうこっち側だもの」


 「セイルはまだ戻れる」

 俺は短く言い切った。


 「お前らの勝手な線引きで決めるな」


 「ふふ。じゃあ、どこまで踏ん張れるか、見せてもらおうかしら。レン」



 「リーナはひとまず安全だ」

 オルフェンが、短く状況を告げる。


 「王子殿下、彼女を下がらせてください。ここは任せてもらえるか」


 ルデスは一度だけ頷き、リーナを抱えたまま後方へ下がる。


 「……頼んだぞ」


 振り返らずに、それだけ残して。



 広間の反対側では、セリカが盾を構えて第七の前に立ち、

 リアムは一気に第六へ詰め寄っていた。


 鈴が鳴るたび、足元や空気が微妙にずれるが、

 光の剣がその揺らぎを切り裂いて進む。


 「遅いな、勇者」


 第六が一歩、横に滑る。

 鈴の音に合わせて、空間そのものがずれたような動きだった。


 「そっちこそ、地味なことしてる割に厄介だな!」


 リアムは苛立ちを隠さず言い放つ。

 その剣筋は、怒りを混ぜながらも冷静さを失っていない。



 足元の氷は一度消えたが、

 セイルの周りでは、また新しい冷気が渦を巻き始めていた。


 (……寝かせるのは、こいつには効かないか)


 視線を落とすと、セイルの呼吸は荒く、

 赤黒い魔力が傷口のあたりからじわじわにじみ出ているように見える。


 (でも、目の奥は……まだ、全部は濁ってない)


 (こいつは絶対、こっちに戻す)



 その間も、鈴の音は鳴り続けていた。


 チリン……チリィィン……。


 音が鳴るたびに、頭の奥がざらざらと削られていくような感覚が強くなる。


 (やば……意識が、少しずつ持っていかれてる)


 短剣は、相変わらず暴れる魔力を吸い続けている。

 でも、それだけじゃ足りない。


 肩の傷口から、何か細い糸のような感覚が、じわじわ心の方へ食い込んできていた。


 


 「……まだ大丈夫?」


 夢を縫う女が、俺を見て笑う。



 「もう少ししたら、そのときはゆっくり“整えて”あげる。

  レン、あなたの中身も」


 鈴の音が、また一つ鳴った。


 俺は歯を食いしばり、短剣を握り直す。


 (……倒れるにしても、まだだ。

  これが終わるまでは、絶対に“俺のまま”でいる)


 そう心の中で決めた瞬間、

 十四層の広間で、さらに大きな衝突の気配が膨れ上がった。

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