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77.開戦

 氷の鎖が、床から一気に伸びてきた。


 「くっ……!」


 足元を狙ってくる鎖を、ぎりぎりで跳び越える。

 一本は短剣で叩き折ったが、すぐ別の鎖がうねりながら追いかけてくる。


 (ほんと容赦ないな、おい……!)


 セイルの魔力は、もうさっきまでと別物だった。

 冷気の圧が、肺の中まで入り込んでくる感じがする。


 「逃げないでくださいよ、レン」


 「逃げてるんじゃなくて、避けてるだけだって」


 口では軽く返しながら、頭の中はフル回転だった。

 この状態で、セイル相手にまともに反撃なんてできない。


 (でも、このままじゃ――)


 氷鎖が螺旋を描いて迫ってきた、そのときだった。


  ――チリン、チリィィィィン……。


 耳の奥どころか、歯の根まで震えるような、

 高くて細い“鈴の音”が広間を貫いた。


 「っ……!」


 思わず耳を塞ぐ。

 氷の鎖も一瞬だけ震え、動きが止まる。


 リーナに絡んでいた赤い糸も、

 ルデスの周りで微かに震えた。


 「来たわね」


 女が、面倒くさそうに眉をひそめた。



 空気の揺れが、通路の奥から広間へ流れ込んでくる。

 音の震えそのものが、形になって近づいてくるみたいだった。


 やがて、影がひとつ。


 黒い外套を着た痩せた男が、ゆっくりと歩み出てきた。

 手には、小さな鈴が握られている


 「……ずいぶん楽しそうにやっているな」


 男は、女とセイルと俺たちを順に眺めた。


 声は低いのに、言葉のひとつひとつが

 耳に引っかかるような響きをしている。


 氷の鎖が一斉に跳ね、床のあちこちで牙をむく。

 リーナの足首に絡んだ糸も、小さく揺れた。


 (……この音)


 胸の奥がざわつく。

 子どもたちが夜の街を歩いていった夜。

 セイルが消えた、あの通路。

 そして、初めてセブンナンバーズと戦ったあの日を。


 全部、同じ鈴の音だった。


 男はそんな俺の顔を一瞥して、口の端だけをわずかに上げた。

 「あの夜の鈴の音色は、気に入ってもらえたか?」


 「……お前が犯人だったのか鳴らしてたのか」


 「子どもを歩かせるのも、影を黙らせるのも、

  駒の位置をそろえるのも――容易だったよ」


 淡々と告げたそのとき、ルデスが低くつぶやいた。

 「……やっと姿を見せたか。

  第六使徒“音を刻む者”」


 その言葉に、男の眉がほんの少しだけ動いた。


 「ほう。番号まで知っているか。

  さすがは王族、というところかな」


 「知っていても、止められなければ意味がない、って顔だね」

 ルデスは皮肉っぽく笑うが、目だけは笑っていない。


 また、鈴が一つ鳴る。

 それだけで、リーナの腕に力がこもり、ルデスの身体がわずかに強張った。


 


 そのとき、崩れた壁の向こうから、砂煙を割って四つの影が踏み込んできた。


 「……どういう状態だこれ」

 先頭に立つ金髪の少年が、眉をひそめる。

 背中の剣が、淡く光をまとっていた。


 「リアム!」


 思わず声が出る。

 リアムはこっちを一瞬だけ見て、目を見開いた。


 「……レン? やっぱりお前かよ」


 けれど、すぐに視線を敵へ戻す。

 その横に、杖を構えた男、大きな盾を持った女騎士、聖印を下げた少女が並んだ。


 聖女イリス・メルディア。

 大賢者オルフェン。

 騎士セリカ・ロウラン。

 そして勇者、リアム・グラント。


 勇者パーティ全員が、広間の入り口を背に立っていた。


 


 「賢者様、状況は?」

 セリカが盾を前に出したまま問う。

 オルフェンは短く目を閉じ、鈴を鳴らす男と、糸を弄ぶ女、

 それからセイルと俺たちを順に見て、小さく息を吐いた。


 「……さっきの階層で感じた“揺れ”の元だな。

  ひとりは鈴――音を媒介にした干渉。あれが中心だ」


 視線は、第六の手にある鈴へ向いている。


 「もう一人は、“糸”と“心”だろう。

  あの娘さんと、そこの少年の動きがその証拠だ」


 オルフェンの目は、ルデスにのしかかるリーナと、俺に狙いを定めたセイルを一度だけ見る。


 「音で揺らし、別の術式で縫い留める。

  性質の違う術が二重に重ねられている。……厄介だ」


 「最悪って言っていいと思うけど」

 イリスが小さくぼやく。


 「最悪というのは、もっと直接的に世界が滅ぶ案件だ」

 オルフェンは肩をすくめる。


 「それでも結構ピンチそうね」


 


 「勇者パーティ、か」


 第六がリアムたちを順に眺める。


 「静かに鈴だけ鳴らしていたかったが……

  ここまで踏み込まれると、さすがに片づけないとな」


 「俺らのこと片付けられると思ってるのか」

 リアムが剣を構え直す。

 「悪いけど、元凶ならここで止める。

  そういう依頼で来てるんでね」


 「依頼、ね。

  頼まれ仕事でここまで来るとは、いい性格だ」


 夢を縫う女がくすりと笑う。

 「王子様に勇者様、“刃”になれる子が二人。

  リーナとセイルまでついてくるなんて――

  本当に、鈴ひとつで沢山素材が集まったわね」


 「素材って言うなよ」


 思わず口から出る。


 女は、また玩具を見るような目を俺に向けた。


 「だって本当に“素材”だもの。

  音で呼んで、夢で縫って、心をきれいに並べる。

  ほら、とてもよく動く」


 そう言って顎で示した先――セイルが、まだ俺へ向けて両手を構えていた。


 


 「レン」


 セイルが静かに呼ぶ。

 その声は相変わらず丁寧なのに、奥の光だけが濁っていた。


 「勇者が来ても、関係ありません。

  あなたは、ここで終わってください」


 「関係あるよ。めちゃくちゃあるよ」


 息を整えながら、なんとか笑う。


 「ここで倒れたら、あいつらにも、リーナにも、王子にも迷惑かかるだろ。

  ……俺は、そういうのが一番嫌なんだよ」


 「だから、邪魔なんですよ」


 セイルの魔力がさらに膨れ上がる。

 足元の氷鎖が、ゆっくりと持ち上がった。


 第六が、一歩だけ前に出る。


 「鈴は合図だ。

  夢は糸。

  氷は刃。

  ……さあ、始めようか」


 その言葉と共に、鈴が短く鳴った。


 ――チリン。


 同時に、氷鎖が一斉に跳ね上がる。

 俺の足首、勇者たちの足元、ルデスの周り、広間のあちこちで。


 リアムが剣を振り抜き、光をまとった斬撃で氷鎖をまとめて叩き切る。


 「チッ、面倒くさい出迎えだな!」


 セリカが盾で音の衝撃を受け止め、イリスが素早く光の障壁を張る。

 オルフェンは鈴の音に重ねるように、低く詠唱を続けた。


 「っ……!」


 俺もまた、腰の短剣を握り直す。

 暴れようとする魔力が、刃の中へ吸い込まれていくのを感じながら。


 左では、ルデスがリーナを傷つけないように動きを制しつつ、

 風の魔力で最小限の防御を張っている。


 右では、セイルが完全に俺だけへ狙いを絞っていた。


 勇者パーティ。

 ルデスとリーナ。

 セイル。

 第六と第七。


 全員が同じ広間で、同時に動き出す。


 十四層の空気が、一気に熱く、そして冷たくなった。

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