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74.外れた歯車

(レン視点)


 十四層の魔物を一通り片付け、

 落ち着き始めた頃だった。


 「ふぅ……今日は魔物の動きが多いね」

 リーナが胸元のペンダントを押さえながら息をつく。


 「一度、北側の通路で休憩しよう」

 ルデスの提案に全員が頷いた。


 俺たちは広めの空洞へ向かって歩き始めた――はずだった。


 分岐点で、後ろを歩いていたセイルから声が飛んだ。


 「レン、こっちの通路……魔力の“流れ”が違う」


 振り返ると、彼は薄暗い横道をじっと見つめていた。

 リーナもルデスも、セイルの言葉に足を止める。


 「魔力の流れ?」

 「うん。……少し不自然だ。何か仕掛けがあるかもしれない」


 普段なら、ルデスが先に確認する役のはずだ。

 だがセイルの目は妙に鋭く、それでいてどこか焦りを含んでいた。


 (……やっぱり、今日のセイルは変だ)



 「じゃあ僕が見てくる。みんなは後ろで待機を」

 ルデスが前に出ようとしたその瞬間――


 ――ゴウン……!


 通路全体が低く唸った。


 次の瞬間、天井から透明な膜が降りてきて、

 俺とセイル、ルーナとルデスの間を分断した。


 「レン!?」「セイル!?」「待って!」


 リーナとルデスの声が重なる。


 膜は触れられないほど薄いのに、

 魔力の壁のように冷たく硬い。


 


 「っ……」

 俺は反射的に短剣を構え、横へ跳んだ。


 セイルも同時に後退する。


 だがその瞬間、

 俺たちの足元だけが淡く光り――


 ――床が下へ沈み込んだ。


「レン!」

リーナの叫びが遠ざかる。




 光が途切れ、

 気づけば、俺とセイルは――

 まったく別の“ひとつの広間”に立っていた。


 天井は低く、壁は岩ではなく“密閉された魔法壁”だ。

 逃げ道はひとつもない。


 「……閉じ込められた、か?」


 俺が呟くと、セイルは無言のまま立ち尽くしていた。

 その横顔は暗く、表情が読めない。



 (……また、違和感だ)


 片手の指先が微かに震えている。


 「セイル、大丈夫か?」


 問いかけても、返事がない。


 ただ――

 こちらを振り向いたセイルの目に映ったのは、

 “仲間を見る色”ではなかった。


 胸の奥がざわりと揺れる。


 「……レン」

 セイルは低く、かすれた声で言った。

 「ひとつ、聞きたい」


 「何ですか?」


 「どうして……リーナのそばに立つの?」


 その声は怒りでも苛立ちでもない。

 ただ、深い底に沈んだ澱のような声音だった。


 空気が凍る。


 胸の奥で、嫌な音がした。


 (――これは、ただの誤解じゃない)


 鈴の音が一瞬だけ鳴った気がした。


 しんとした広間に、俺とセイルだけが立っていた。


 壁はつるつるの魔法壁で、出口らしいものは見当たらない。

 転移で落とされたのは間違いないけど――今はそれより。


 「……セイル、大丈夫? さっきから顔色悪いけど」


 声をかけると、セイルはわずかに瞬きをした。

 それから、ゆっくりと俺の方へ視線を向ける。


 「レンさん」


 呼ばれた名前に、背筋が少しだけ冷えた。

 声は静かなのに、妙に重たい。


 「ひとつ、聞いてもいいですか」


 「うん、なに?」


 少しの間。

 セイルは言葉を選ぶみたいに口を閉ざし、それから搾り出すように言った。


 「……どうして、あなたがリーナさんの隣に立っているんですか」


 「え?」


 思わず聞き返す。


 「いや、たまたま近かっただけで……。

  別に、俺が隣じゃなきゃいけないってわけじゃないけど」


 自分でも当たり前すぎる答えだと思う。

 けれどセイルの表情は、かえって曇った。


 「そう、ですか……」


 そのときだった。


 ――チリン。


 耳の奥で、小さく鈴が鳴った。


 広間の空気が、ほんの一瞬だけ震えたような気がした。


 セイルの肩が、びくりと揺れる。


 「……レン」


 さっきよりも、声が少し低い。


 「どいて、くれませんか」


 「え? どくって、どこから?」


 「リーナさんの隣から、です」


 その言葉は、やけに真っ直ぐだった。

 だけど、そこに乗っている感情が――おかしい。


 「いや、そんなのは状況によるでしょ。

  今はたまたま一緒に動いてるだけで――」


 「……そうですか」


 セイルは一度、目を伏せた。


 そして、次に顔を上げたときには――

 瞳の奥の色が、さっきより濃くなっていた。


 「じゃあ、やっぱり……消えてください」


 「は?」


 意味を飲み込む前に、指先が冷気を帯びるのが見えた。


 <<アイス・スパイク>>


 いつも詠唱しているセイルの右手から、いきなり氷槍が撃ち出された。


 速い。

 でも、それ以上に――荒い。


 殺意に引っ張られて、軌道がぶれている。


 「っと……!」


 反射で横に跳ぶ。

 氷槍はギリギリで避けたけど――


 「……っ!」


 砕けた破片の一つが、左肩に深く刺さった。


 鋭い痛みと、じわっと広がる熱。

 思わず傷口を押さえる。


 「なにしてんだよ、セイル……!」


 声が少し荒くなる。

 それに対して、セイルは首をかしげたように微笑んだ。


 「避けるんですね」


 「当たり前でしょ。今の、本気で当てにきてたよね?」


 「ええ。……本気で撃ちました」


 穏やかな言葉なのに、内容だけがひどく歪んでいる。


 「リーナさんの隣に立つのは、僕です。

  あなたじゃありません」


 「いや、別に俺が立ちたいとか思ってるわけじゃ――」


 ――チリン。


 今度ははっきりと分かった。

 肩の傷が、鈴の音と同時にズキンと脈打つ。


 (……この感覚、前にも……)


 鈴事件のときの、あの感覚。

 魔力の流れを“どこかに繋がれた”ような、嫌な感触。


 セイルの指先に、また冷気が集まる。


 「もう一度だけ、お願いしてもいいですか」


 「……なにを」


 「どいてください。

  それでもどかないなら――」


 セイルの表情が、少しだけ壊れた。


 「ちゃんと、消してあげます」


 広間の温度が、一気に下がった気がした。


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