73.感情のゆらぎ
十四層の薄暗い石室に降りると、空気がひやりと肌に触れた。
昨日とは違う魔力の流れ――だが、嫌な気配はない。
「とりあえず周囲の魔力だけ見る。
リーナ、補助を頼む」
ルデスの声は落ち着いていた。
「うん、任せて」
リーナのペンダントが淡く光り、青白い揺らぎが広がる。
そこで、前方から魔力反応。
剣の音がわずかに響き――四人の影が現れた。
「……あれは」
勇者パーティだった。
リアムが手を上げる。
「よお、ルデス殿下! ここで会うとはな!」
聖女イリスが優しく笑い、
セリカは剣を納め、
オルフェンは魔力の残滓を観察していた。
ルデス王子が歩み寄る。
「なんだリアム殿か。昨日のことについて何か分かったか?」
「残念だが、まだだな」
リアムが肩をすくめる。
「魔物の増加は感じるが、“人の気配”は無い」
イリスが続ける。
「でも……何かに“引かれる”ような魔力は感じます。
まるで、層そのものが移動しているみたいな……」
ルデスはわずかに眉を寄せた。
「やはり、何か仕掛けられているな」
そんな中、リアムが俺を見て笑った。
「レン、昨日より顔色いいじゃないか」
「……まあ、なんとか」
その短いやり取りの後で、
リアムの視線がふとセイルに向いた。
セイルはわずかに顔をそむけた。
理由は分からないが……嫌な予感だけが胸に残る。
「俺たちはもう少し南側の区画を調べる」
リアムが手を振る。
「そっちは北を頼む。何かあればすぐ知らせてくれ」
「了解だ」
ルデスも軽く頷いた。
そうして、二つの隊は再び別れた。
勇者たちの足音が遠ざかると、
十四層は元の静けさを取り戻す。
「……行くか」
ルデスが短く言う。
そのとき。
少し後ろを歩いていたセイルの指先が、
ほんの僅かに震えているのが見えた。
(……やっぱり、様子がおかしい)
胸の奥に小さな不安が沈む。
だがこの時はまだ――
それが“始まりの前触れ”だとは誰も気づいていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
(セイル視点)
薄暗い十四層の通路に、魔物の叫びが反響する。
影から飛び出してきた牙蜘蛛が、こちらへ一斉に襲いかかってきた。
「リーナ、下がって!」
俺は即座に氷壁を展開し、正面の進行を塞いだ。
「ありがとう、セイル……!」
振り返ったリーナの声に胸が熱くなる。
(守らないと――)
その感情が、いつもより強く胸を締めつけた。
自分でも驚くほど、呼吸が乱れる。
「セイル、左を頼む!」
レンが声を飛ばす。
……その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かがざらりと逆流した。
(――なんでこいつの指示を聞かなきゃいけない)
思った自分に、俺は愕然とした。
(……え? 俺、今……)
そんなこと、思うはずがない。
これまで何百回も、レンとは普通に連携してきたのに。
だが、胸のざわつきは収まらない。
「――氷槍ッ!」
魔物を貫く。
氷の破片が散り、俺は息を整えようとしたが――
視界の端に映ったレンの動きに、
妙な苛立ちが突き刺さった。
(なんで……そんな顔で、彼女の近くに……)
剣を構えて魔物を引きつけるレン。
それは普段と変わらない姿なのに、
なぜか胸の奥がかき乱されるように痛む。
(彼女の側に立つのは……俺のはずだ)
その思いが浮かんだ瞬間、自分で自分を殴りたくなった。
(何考えてるんだ俺は……?)
魔物の群れを、ルデス王子が風刃でまとめて薙ぎ払う。
「いい連携だ、続けるぞ!」
その声に頷こうとした。
だが喉から出たのは、ぎこちない息だけだった。
視界の端――
レンが彼女を庇う動きがまた見えた。
その瞬間、胸のざわつきは確信に変わる。
(……邪魔だ)
自分でも理解できないほど、強く。
抑えようと思っても抑えられない。
理由は分からない。
でも、感情だけが勝手に膨らんでいく。
レンの動きに合わせて付近の魔物を撃ち落としながら、
俺は震える指先を必死に押さえつけた。
(……なんでだよ)
戦っているのに、頭の中は疑問だらけだ。
けれど――
胸の奥の声だけははっきりしていた。
(リーナを守るのは俺だ。他の誰でもない――)
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