71.作戦会議
地上へ戻ると、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
寮の集会室には既に勇者パーティの四人が揃っており、
俺たちはルデス王子に続いて部屋へ入った。
イリス(聖女)は机の端に両手を揃えて座り、
オルフェン(大賢者)は分厚い魔導書を開きながら魔力痕跡を確認している。
セリカ(騎士)は壁にもたれつつ、真剣な目で全員の無事を確かめた。
リアムだけが、少し笑みを浮かべて俺に手を振った。
「レン、おかえり。怪我は?」
「平気だよ。……そっちも無事だったみたいだな」
「まぁな。けど少し……嫌な感じがしたよ、十四層」
リアムの言葉に、部屋の空気が少し重くなる。
ルデス王子は資料を机に広げ、全員に視線を向けた。
「――では報告をまとめる。
結論から言うと、“異常の正体は特定できていない”。
ただし、いくつか気になる点がある」
セリカが静かに頷き、言葉を続ける。
「魔物の動きが不自然すぎる。まるで何かの合図で一瞬だけ動きが乱れる……
そんな場面が何度もあった」
「俺たちも同じだ」
ルデスが俺たちの方を見る。
「特に――セイル」
名前を呼ばれたセイルは、少しだけ肩を震わせた。
「……すみません。僕の魔力制御が、一瞬……」
「いや、責めてるわけじゃない」
ルデスは穏やかにかぶりを振る。
「問題なのは、“同じ現象が複数の場所で起きている”ことだ。
魔物だけでなく、探索者側にも一時的な意識の乱れが発生している」
イリスが両手を組んで眉を寄せた。
「精神干渉系……? でも、その痕跡はどこにも残っていませんでした」
オルフェンはページを閉じ、短く言う。
「足跡は残さず、効果だけが残る類の干渉だ。
“鈴”や“音”を媒介とする術式に似ている」
俺の胸が一瞬だけざわつく。
……昨日の、あの事件と同じだ。
ルデスも同じことを思ったらしく、資料に視線を落とす。
「今回の件は、王家として正式に調査する。
十四層の異常は偶然じゃない。
――何者かが、確実に“仕掛けている”。」
部屋の空気がひとつに固まった。
勇者パーティも、ルデスも、俺たちも理解した。
これはダンジョンの問題じゃない。
誰かが下で“動いている”。
セイルは震えていた…
◆ ◆ ◆
薄暗い部屋に、“高い金属音”がかすかに響いていた。
音の出どころは分からない。
けれどこの空間にいる者たちにとって、それは空気の一部のようなものだった。
部屋の中央には、三角形の石台がひとつ。
その上には、血のように赤い魔力が薄く広がり、
絡み合う糸のような軌跡を、ゆっくりと描いている。
石台の前に、二つの影が立っていた。
一人は、細い金属片を指先で弄ぶ男。
“鈴”とも、“刃”ともつかないその金属から、時おりチリ……ンと音が漏れる。
第六使徒――「音を刻む者」。
もう一人は、銀の針と赤い糸を手にした細身の影。
指先から糸がこぼれ、宙でふわりと形を変える。
第七使徒――「夢を縫う者」。
二人の視線は、石台の上に浮かぶ“映像”に注がれていた。
そこには、影を断ち切る二本の短剣――
そして、その短剣を握る少年の姿が映し出されている。
「……確認したわ」
第七使徒が、針先でその映像を軽くなぞった。
赤い糸が反応し、少年の輪郭を柔らかく縁取る。
「旧・第七――『影を喰う者』を討ったのは、間違いなくこの子。
名前はレン・ヴァルド。
王都学園に編入して、今は第二王子の周りをうろついているみたいね」
第六使徒は、興味なさそうに片目だけを細めた。
「影喰いの小僧を、ここまで追い詰めるとはな。
……凡庸な顔をしているが、腕は本物か」
「少なくとも、“出来損ない”を処分できる程度にはね」
第七使徒が少しだけ笑う。笑みは冷たい。
「ただ、あの子ひとりで『影を喰う者』を仕留めたわけじゃない。
条件も、舞台も、周りの駒も、全部そろっていた。
――だからこそ、今度はこちらが“舞台”を用意してあげる必要があるわ」
「弔い合戦、というわけか」
金属片が指の間で回され、チリンと音が鳴る。
その瞬間、石台の上に映る血色の魔力が、わずかに揺れた。
「それで――こちらの“駒”の方は?」
第六が問うと、第七は別の糸に指をかける。
赤い糸が引かれ、今度は別の姿が浮かび上がった。
セイル・レイル。
「この子の“夢の糸”は、もうかなり深くまで縫い込んだわ」
第七の声は、どこか楽しげだった。
「誘拐までは順調。
夢に入り込み、記憶の端をいじって、
“嫉妬”と“自己嫌悪”を少しずつ混ぜてあげた。
十四層での行動も見たけれど――
ね、ちゃんと“一度だけ”狙いをずらしたでしょう?」
映像の中で、氷槍がレンに向かって逸れていく。
第六が鼻で笑う。
「なるほど。手が滑った、と思い込んでいる顔だな。
本人は自分を責める。
周りは“少しおかしい”と感じて距離を置き始める。
……綺麗な汚し方だ」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
第七は肩をすくめる。
「まだ完全には落ちていないけれど、
“夢を縫う者”にとっては、十分扱いやすい生地よ。
糸をきゅっと引けば、王子でも、勇者でも、レンでも――
誰にだって刃を向けられるようになってる」
第六は、石台に映る別の影を指先でなぞる。
ルデス・リステア。
リアム・グラント。
そして、レン・ヴァルド。
「狙いは三つ、というわけか」
「ええ。
王子は“王家の血”。殺せば国全体が揺れる。
勇者は“象徴”。死ねば人々の信仰が折れる。
レンは――“邪魔者”。
旧・第七を殺した前例として、ここで潰しておきたい」
第七の針先が、レンの輪郭を突く真似をする。
赤い糸がそこからじわりと広がった。
「でも、セイルひとりに全部やらせる気はないわ。
あの子は“扉”にはなれても、“刃”にはなれないもの」
「そこは私の役目だろうな」
第六は淡々と言う。
「“音を刻む者”が広域に響きを撒き、
彼らの感覚を乱す。
鈴の一振りで、動きを一拍ずらすくらい、わけはない」
「その“一拍”で、命は十分落ちるわ」
第七がくすりと笑う。
「私は夢の中で、“優先順位”を書き換える。
セイルの中で一番大事なのはリーナ。
次に、自分の誇り。
――そこに、“レンへのねじれた感情”を足してあげる」
糸がきゅっと引かれる。
「そうすれば、いざというとき、
彼は“誰を守って、誰を傷つけるか”
自分で決めたつもりになって動く」
「良い。
見えない糸で縛り、見えない音で狂わせる。
我ららしいやり口だ」
第六は金属片をひとつ高く放り、指で受け止める。
『キィン……』と、耳に刺さるような音が鳴った。
「合図を出すのは、いつだ?」
「そうね――“今日”の夜がいいわ」
第七が答える。
「十四層はすでに“舞台”として馴染んできている。
王子も、勇者も、レンもそこに降りる。
……糸を引くには、十分」
「では決まりだ」
第六は石台から視線を離さないまま言う。
「セイルには、こちらから“夢”で命令を送る。
お前は優先順位を整えろ。
私は“音”でタイミングを刻む」
「了解、共同作業ね」
第七は針をくるりと回した。
「成功したら、王都は一度“沈む”。
王子を失い、勇者を失い、
それでも生き残った誰かが、きっと“虚神”にすがる」
「それでいい」
第六は静かに笑う。
「絶望した者ほど、こちら側に落ちやすい」
赤い糸が、石台の上で三つの点を結ぶ。
ルデス。リアム。レン。
それぞれに向けて、細く冷たい“線”が伸びていく。
「じゃあ、始めましょうか」
第七が針を持ち上げる。
「――“夢を縫う者”と、“音を刻む者”の共同舞台。
幕を開けるには、いい夜よ」
同時に、
針と金属片が鳴る。
チリン――キィン。
その音は、暗い部屋だけでなく、
十四層の“霧の底”にも、
静かに、じわじわと、染み込んでいった。
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