7.少女の目覚めと、夜明けの街
夜の帳がゆっくりと下り、やがて薄明が空を染めていく。
小鳥の声が聞こえ始めたころ、レンは静かに目を開けた。
木の香りがする天井、窓から差し込む橙の光。
隣のベッドでは、少女――昨日救い出したあの子が静かに眠っている。
ミナがその傍らで、椅子に腰かけていた。
髪を後ろでまとめ、手には湿らせた布。
眠らぬまま看病を続けていたらしい。
「ミナ……寝てなかったのか。」
「平気よ。熱はもう下がったみたい。」
レンは安堵の息をついた。
少女の顔色は昨日よりずっと良い。
かすかに唇が動き、息が整っていく。
そのとき――小さく、まぶたが震えた。
光を透かすように、茶色の瞳がゆっくりと開かれる。
視線がぼやけ、そして――焦点が合う。
「……ここ、どこ……?」
かすれた声。レンが一歩近づく。
「大丈夫だ。もう安全だよ。森で倒れていたんだ。」
少女は呆然としながらも、記憶を探すように目を動かした。
そして何かに気づき、胸元を押さえる。
そこには、古びた金属のペンダントがぶら下がっていた。
その時、階段の方から急ぐ足音が響く。
「リーナ!」
勢いよく扉が開き、宿の主人が駆け込んできた。
大きな腕で少女を抱きしめる。
「よかった……無事で、よかった……!」
その声に、少女――リーナの瞳から涙があふれた。
「お父さん……ごめんなさい……」
「もういい、もう何も言うな。」
数秒遅れて、女将が駆け込んできた。
泣き笑いの顔で娘の頭を撫で、レンたちに深く頭を下げた。
「本当に……ありがとう。命の恩人だよ。」
レンたちは少し照れくさそうに視線を交わす。
カイが肩をすくめて笑った。
「困ってる人を助けるのが、冒険者の仕事ですから。」
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◆朝の食卓
暖炉の火がぱちぱちと音を立て、テーブルの上には湯気が立ち上る。
焼きたてのパン、ハーブの香るスープ、柔らかいチーズ。
女将が「せめてものお礼に」と振る舞った朝食だった。
「これ……本当に俺たちが食べていいんですか?」レンが恐縮して言う。
「もちろんだよ。あんたたちのおかげで、娘が帰ってきたんだ。」
カイが軽く笑う。
「じゃあ、ありがたく。」
ゴルドは黙ってパンを割り、ミナはスープを一口啜った。
「……あたたかいね。」
その一言に、全員の表情が少し和らぐ。
食後、女将が包みを持ってきた。
「これ、昼にでも食べておくれ。それと……良かったら、あんたたちもこの宿に泊まっていきな。
レンくんはもううちの子みたいなもんだし、他の子たちも歓迎だよ。」
カイは少し慌てたように手を振った。
「いや、そんな……さすがに悪いです。これ以上ご迷惑は。」
女将は笑って首を振る。
「迷惑だなんて言わないでおくれ。人の恩は、ちゃんと返させておくれよ。」
レンは照れくさそうに笑った。
「じゃあ……今度、また料理を作らせてください。それでどうですか?」
「……ほんと、いい子たちだね。うん、楽しみにしてるよ。」
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◆別れの朝
リーナは窓辺に立っていた。
まだ体には包帯が残るが、顔には生気が戻っている。
「……本当に、ありがとう。」
その言葉に、誰も返事をしなかった。
ただ笑って、うなずいた。
レンがふと視線を落とすと、朝の光がリーナの胸元で反射した。
小さなペンダントが、柔らかく揺れている。
光が金属の内側を通り、一瞬だけ青白く輝いたように見えた。
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宿を出ると、街の石畳に朝の風が流れていた。
人の声、荷車の音、遠くの鐘の音。
昨日よりも少しだけ世界が明るく見えた。
新しい一日が始まる。
レンたち4人は剣と荷を整え、静かに歩き出した。




