表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/88

69.監視と、再会の勇者

 朝の食堂。

 セイルはいつもどおり少し早く来ていて、トレーを整えて席に着いていた。


「おはよう」

「おはよう。昨日は迷惑かけた。少し寝不足だったみたいだ」


 返事のテンポも声の調子も、いつもと変わらない。

 リーナがのぞき込む。


「本当に平気?」

「大丈夫。帰り道でふらついて、少し休んだだけだって。細かいところは、よく覚えてないけど」


 言い回しは自然だ。気になるほどの違和感はない。


 そこへルデス王子。


「今日は通常運用に戻す。午前は学科、午後は演習。深層の調査は保留」

「了解しました」

 セイルは短くうなずく。会話はそこで切れた。



 午前の学科。

 セイルは要点だけを簡潔にメモし、必要なときだけ手を挙げる。

 昼の鐘が鳴ると、視線を窓に流して立ち上がった。特に引っかかりはない。


「顔色、戻ってきたね」

「うん。もう問題ない」


 リーナも安心した様子で笑った。



 午後の演習。

 氷魔法の出力は安定、手の動きも丁寧。連携合図への反応も普通。

 終わってから水を渡すと、セイルは肩を回しながら小さく笑った。


「少し鈍ったかと思ったけど、案外いけるな」

「ならよかった」


 やり取りは普段どおり。

 ただ、疲れの見せ方が控えめになった気がする。気のせいと言われれば、それまでだ。



 夕方の中庭。

 セイルがベンチで空を見ている。リーナが駆け寄ろうとするのを、俺は軽く手で制した。


「今日は休ませてやろう」

「……うん」


 沈みかけの陽が、窓ガラスに反射してちらついた。

 セイルは手で額をかくようにして、すぐに立ち上がる。


「先に寮に戻る。明日の内容、整理しておきたい」

「分かった。無理すんなよ」

「分かってる」


 歩き去る背中はまっすぐで、足取りも安定している。

 リーナは胸に手を当て、ほっと息をついた。


「大丈夫そうだね」

「……ああ。ひとまずは」


 言いながら、俺は自分でも理由のはっきりしない引っかかりを、喉の奥に押し込んだ。

 目立った変化はない。

 ――だからこそ、油断しない。


 今日は見送る。それでいい。

 必要なら、動くのは明日だ。


 十層の転移門を出た。

 今日は歩いて十四層まで降りて、周縁を一周する。深追いなし。これが本日の方針だ。


「隊列そのまま。前は俺、次リーナ、レン、最後尾セイル。――行く」

 ルデス王子の一声で足が揃う。


 通路は長く続く石の洞窟。十一層、十二層、十三層と下るごとに湿気が濃くなり、灯りがぼやけていく。

 軽い交戦はいくつかあったが、前来たように問題なく片づけた。

 そして――十四層への下り道に差しかかる。


 ゆるやかな坂道。霧が足元を覆い、空気がひんやりしている。

 耳を澄ますと、どこか遠くで金属が擦れるような音が一瞬響いた気がした。

 セイルが解析魔眼を発動させて確認する。

 「反応なし」

 「……了解」

 俺は短く答え、剣の柄に手を添えた。


 少し進み霧の奥から、ブレードウォーカー上位種が一体。

 同時に左右の影からミストレイスが二体にじむ。


「前は俺とレン。リーナ、援護。セイル、弱点調べて」

 王子の声が響く。


「核は胸板の下、右膝の継ぎ目が弱点」

 セイルの報告に合わせ、ルデスが前へ出る。

 風をまとった剣が唸りを上げてぶつかる。

 重い金属音が響いた。


 俺は横から入り、右脚を狙って切り裂く。

 関節が砕ける手応え。ウォーカーの動きが鈍った瞬間、

 リーナがペンダントを光らせ、《ライトボルト》を放つ。

 左のレイスが霧ごと弾け飛ぶ。


「もう一体、背後から来る!」

 セイルの声に振り返ると、もう一つの影が飛びかかってきた。

 リーナの光壁が一瞬で展開し、爪を弾く。

 俺はその隙を逃さず、突き出した短剣で喉元を貫いた。

 黒い霧が散り、静寂が戻る。


 ルデスが前方の敵を押し切る。

 風の斬撃がウォーカーの胸を裂き、俺が横合いから補足の一撃。

 鈍い破裂音を残して、巨体が崩れ落ちた。


「全員、無事か?」

 ルデスの確認に、リーナとセイルがうなずく。

 息を整えながら、次の通路へと進む。



 霧の濃い通路を進んでいたそのとき――

 前方がふっと明るくなった。

 魔力の光だ。しかも強い。


 ルデスが足を止める。

 「……来る」


 数秒後、白い光が霧を割った。

 そこに立っていたのは――


 勇者リアム・グラント。

 背後には、聖女イリス、大賢者オルフェン、騎士セリカの姿。


 「……リアム…」

 一番先に声を出したのはレンだった。

 驚きで目を見開き、霧の中で歩み寄ってくる。


 「レン、レンなのか!? 本当に?」


 「久しぶり、リアム」

 レンは少し気恥ずかしく笑う。


 リアムは一歩近づいて、肩を軽く掴んだ。

 「なんで王都の学園に? 最初に言えよ!

  それに……ショートソードじゃなくて、双短剣になってるじゃないか」


 「いろいろあってさ。こっちの方が今の俺には合ってる」


 リアムは安堵と驚きの混ざった表情で笑った。

 「そっか。……変わったな。でも、やっぱりレンだ」


 その横で、ルデス王子が静かに前へ出る。


 「勇者リアム殿。任務の進捗はどうだ?」


 リアムは真剣な顔に戻り、頷いた。

 「第十四層での異常魔力波……確かに確認した。

  いくつか場所を特定したけど、まだ原因までは分からない。

  依頼どおり、調査を続けているところだ」


 聖女イリスが続ける。

 「霧の濃い区画で、周期的に“魔力の歪み”が起きています。

  魔物が活性化する兆候も……少し」


 大賢者オルフェンが静かに杖をつき、

 「原因は“人工的に作られた揺らぎ”の可能性が高い。

  自然発生したものではない」と付け加えた。


 騎士セリカは鋭い目で周囲を見張りながら、短く言う。

 「気を抜くな。まだ何か潜んでいる」


 ルデスは深く頷いた。

 「協力に感謝する。異常が増えるようなら、

 王家として正式に対応を取る、今日の夜、寮の集会 室で作戦会議をしよう」

 リアムは静かにうなずいた


 そして視線をレンに戻す。

 「本当に……ここで会うとは思わなかった。

  会議終わったら話そう」

 「うん、話したいこと聞きたいこと沢山あるよ」

 「そっか。……じゃあ後でまた話そう。昔みたいに」


 勇者パーティは再び霧の奥へ向かう。


 聖女イリスが最後に振り返り、静かに言った。

 「――何か“音”を聞いたら教えてください。

  ここでは、それが危険のサインになります」


 霧がゆっくり閉じていき、彼らの姿は消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ