69.監視と、再会の勇者
朝の食堂。
セイルはいつもどおり少し早く来ていて、トレーを整えて席に着いていた。
「おはよう」
「おはよう。昨日は迷惑かけた。少し寝不足だったみたいだ」
返事のテンポも声の調子も、いつもと変わらない。
リーナがのぞき込む。
「本当に平気?」
「大丈夫。帰り道でふらついて、少し休んだだけだって。細かいところは、よく覚えてないけど」
言い回しは自然だ。気になるほどの違和感はない。
そこへルデス王子。
「今日は通常運用に戻す。午前は学科、午後は演習。深層の調査は保留」
「了解しました」
セイルは短くうなずく。会話はそこで切れた。
⸻
午前の学科。
セイルは要点だけを簡潔にメモし、必要なときだけ手を挙げる。
昼の鐘が鳴ると、視線を窓に流して立ち上がった。特に引っかかりはない。
「顔色、戻ってきたね」
「うん。もう問題ない」
リーナも安心した様子で笑った。
⸻
午後の演習。
氷魔法の出力は安定、手の動きも丁寧。連携合図への反応も普通。
終わってから水を渡すと、セイルは肩を回しながら小さく笑った。
「少し鈍ったかと思ったけど、案外いけるな」
「ならよかった」
やり取りは普段どおり。
ただ、疲れの見せ方が控えめになった気がする。気のせいと言われれば、それまでだ。
⸻
夕方の中庭。
セイルがベンチで空を見ている。リーナが駆け寄ろうとするのを、俺は軽く手で制した。
「今日は休ませてやろう」
「……うん」
沈みかけの陽が、窓ガラスに反射してちらついた。
セイルは手で額をかくようにして、すぐに立ち上がる。
「先に寮に戻る。明日の内容、整理しておきたい」
「分かった。無理すんなよ」
「分かってる」
歩き去る背中はまっすぐで、足取りも安定している。
リーナは胸に手を当て、ほっと息をついた。
「大丈夫そうだね」
「……ああ。ひとまずは」
言いながら、俺は自分でも理由のはっきりしない引っかかりを、喉の奥に押し込んだ。
目立った変化はない。
――だからこそ、油断しない。
今日は見送る。それでいい。
必要なら、動くのは明日だ。
十層の転移門を出た。
今日は歩いて十四層まで降りて、周縁を一周する。深追いなし。これが本日の方針だ。
「隊列そのまま。前は俺、次リーナ、レン、最後尾セイル。――行く」
ルデス王子の一声で足が揃う。
通路は長く続く石の洞窟。十一層、十二層、十三層と下るごとに湿気が濃くなり、灯りがぼやけていく。
軽い交戦はいくつかあったが、前来たように問題なく片づけた。
そして――十四層への下り道に差しかかる。
ゆるやかな坂道。霧が足元を覆い、空気がひんやりしている。
耳を澄ますと、どこか遠くで金属が擦れるような音が一瞬響いた気がした。
セイルが解析魔眼を発動させて確認する。
「反応なし」
「……了解」
俺は短く答え、剣の柄に手を添えた。
少し進み霧の奥から、ブレードウォーカー上位種が一体。
同時に左右の影からミストレイスが二体にじむ。
「前は俺とレン。リーナ、援護。セイル、弱点調べて」
王子の声が響く。
「核は胸板の下、右膝の継ぎ目が弱点」
セイルの報告に合わせ、ルデスが前へ出る。
風をまとった剣が唸りを上げてぶつかる。
重い金属音が響いた。
俺は横から入り、右脚を狙って切り裂く。
関節が砕ける手応え。ウォーカーの動きが鈍った瞬間、
リーナがペンダントを光らせ、《ライトボルト》を放つ。
左のレイスが霧ごと弾け飛ぶ。
「もう一体、背後から来る!」
セイルの声に振り返ると、もう一つの影が飛びかかってきた。
リーナの光壁が一瞬で展開し、爪を弾く。
俺はその隙を逃さず、突き出した短剣で喉元を貫いた。
黒い霧が散り、静寂が戻る。
ルデスが前方の敵を押し切る。
風の斬撃がウォーカーの胸を裂き、俺が横合いから補足の一撃。
鈍い破裂音を残して、巨体が崩れ落ちた。
「全員、無事か?」
ルデスの確認に、リーナとセイルがうなずく。
息を整えながら、次の通路へと進む。
霧の濃い通路を進んでいたそのとき――
前方がふっと明るくなった。
魔力の光だ。しかも強い。
ルデスが足を止める。
「……来る」
数秒後、白い光が霧を割った。
そこに立っていたのは――
勇者リアム・グラント。
背後には、聖女イリス、大賢者オルフェン、騎士セリカの姿。
「……リアム…」
一番先に声を出したのはレンだった。
驚きで目を見開き、霧の中で歩み寄ってくる。
「レン、レンなのか!? 本当に?」
「久しぶり、リアム」
レンは少し気恥ずかしく笑う。
リアムは一歩近づいて、肩を軽く掴んだ。
「なんで王都の学園に? 最初に言えよ!
それに……ショートソードじゃなくて、双短剣になってるじゃないか」
「いろいろあってさ。こっちの方が今の俺には合ってる」
リアムは安堵と驚きの混ざった表情で笑った。
「そっか。……変わったな。でも、やっぱりレンだ」
その横で、ルデス王子が静かに前へ出る。
「勇者リアム殿。任務の進捗はどうだ?」
リアムは真剣な顔に戻り、頷いた。
「第十四層での異常魔力波……確かに確認した。
いくつか場所を特定したけど、まだ原因までは分からない。
依頼どおり、調査を続けているところだ」
聖女イリスが続ける。
「霧の濃い区画で、周期的に“魔力の歪み”が起きています。
魔物が活性化する兆候も……少し」
大賢者オルフェンが静かに杖をつき、
「原因は“人工的に作られた揺らぎ”の可能性が高い。
自然発生したものではない」と付け加えた。
騎士セリカは鋭い目で周囲を見張りながら、短く言う。
「気を抜くな。まだ何か潜んでいる」
ルデスは深く頷いた。
「協力に感謝する。異常が増えるようなら、
王家として正式に対応を取る、今日の夜、寮の集会 室で作戦会議をしよう」
リアムは静かにうなずいた
そして視線をレンに戻す。
「本当に……ここで会うとは思わなかった。
会議終わったら話そう」
「うん、話したいこと聞きたいこと沢山あるよ」
「そっか。……じゃあ後でまた話そう。昔みたいに」
勇者パーティは再び霧の奥へ向かう。
聖女イリスが最後に振り返り、静かに言った。
「――何か“音”を聞いたら教えてください。
ここでは、それが危険のサインになります」
霧がゆっくり閉じていき、彼らの姿は消えた。




