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61.セイル・アストルの冒険

 朝の光が石畳を柔らかく照らしていた。

 王都南門の外れ、丘の上に広がる訓練区域。

 その中心に、《ルメリア迷宮》と呼ばれる巨大な石の門が静かにそびえている。


 空気が少し冷たく、でも心地いい。

 初めての迷宮探索にしては、落ち着いていた。

 ……いや、落ち着こうとしていたのかもしれない。


 「全員、準備はいいか?」

 ルデス王子の声が静かに響く。

 「はいっ!」リーナさんが元気よく答える。

 その声が少し反響して、門の石壁を震わせた。


 胸元の古びたペンダントが、朝日に照らされて一瞬だけ光った。

 その青白い輝きは短いけれど、どこか印象に残る。

 ――まるで、彼女自身の光みたいだ。


 レンくんは短剣を確かめて頷き、

 俺も少し遅れて答える。

 「問題ありません。」


 ルデス王子が頷く。

 「それじゃあ、リーナ。起動を。」


 リーナさんがペンダントを指先で撫でる。

 古びた金属が淡く青く光り、空気が微かに震えた。

 石門の中央がゆっくりと割れ、奥から淡い霧が流れ出す。


 「――第十二班、潜入開始。」

 ルデス王子の言葉を合図に、俺たちは光の中へ足を踏み入れた。




 中に入ると、空気が一変した。

 湿ったような重さ。

 けれど、嫌な感じはしない。

 魔力が濃い――ただそれだけだ。


 俺は無意識に〈解析魔眼〉を起動する。

 視界が淡い光に包まれ、壁や床に細い線が浮かび上がる。

 魔力の流れ。

 ……生きているみたいだ。


 「層構造、三重。整ってますね。安定してる。」

 「何か言った?」

 リーナさんが振り返る。

 いつものように、目が柔らかい。

 「あ、いや……この迷宮、設計が綺麗だなって。」

 「ふふっ、セイルっぽい感想。」

 そう言って笑う。

 その笑顔に、胸の奥が少しだけ熱くなる。


 (……こんな空間でも笑えるのか。すごいな。)




 先頭を歩くレンくんが、小さく手を上げた。

 「魔物の気配。前方十五メートル。」

 ルデス王子が即座に指示を出す。

 「レン、前へ。リーナ、支援を。」


 灰色の影が通路の奥から飛び出した。

 狼に似た魔物。二体。


 レンくんが疾駆する。

 動きは速い――いや、“見えないほど”速い。

 彼の短剣が風を裂く音が、少し遅れて届いた。


 その直後、柔らかな光が広がった。

 リーナさんのペンダントが青白く輝き、彼女が小さく呟く。


 「――風よ、私の線をなぞって。」


 空気が震え、淡い輪が描かれる。

 光と風が重なり合い、まるで絵筆で描いた軌跡のように魔物を切り裂いた。


 風の音が止む。

 リーナさんの髪がふわりと揺れる。

 その一瞬の光景が、目に焼きついた。


 「……綺麗だ。」

 思わず口から出ていた。

 「え?」

 「いや、魔法が。整ってて、無駄がないです。」

 「ありがとう。」

 リーナさんが照れくさそうに笑った。


 俺は慌てて解析魔眼を解除した。

 視界が普通に戻ると、胸の鼓動がまだ速い。




 戦闘が終わると、壁際の魔力を確認する。

 安定している。訓練としては理想的な構造だ。


 ルデス王子が周囲を見渡す。

 「全員、問題ないか?」

 「はい。順調です。」俺が答える。


 リーナさんは息を整えながら笑った。

 「ふぅ……初めての迷宮って、もっと怖いと思ってた。」

 「慣れると楽しくなりますよ。」

 「うん。……また来たいな。」


 その言葉に、少しだけ頬が緩む。

 (“また来たい”。そう言えるのが、彼女らしい。)




 第一層を抜け、開けた広間に出た。

 天井は高く、中央には淡い光を放つ水晶の柱。

 光が波のように流れ、風が通り抜けていく。


 リーナさんが小さく息を呑んだ。

 「……綺麗。ここ、歌が似合いそう。」

 「歌、ですか?」

「うん。音が響くでしょ。だから、風と一緒に。」

 そう言ってペンダントに触れた。

 青い光が小さく瞬く。


 (この人は、本当に魔法を“描く”んだな。)




 探索を終えて地上へ戻る頃には、陽が傾きかけていた。

 外の風が少し暖かい。


 ルデス王子が振り返る。

 「初日としては上出来だ。

  全員、よく動いた。」


 「ありがとうございます!」リーナさんが元気に答える。

 その声を聞きながら、俺はなんとなく空を見上げた。

 青い空。

 リーナさんのペンダントと同じ色をしていた。


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