6. 森を抜けて、帰路と少女の行方
陽が傾き、森の影が長く伸びていた。
血と焦げの匂いも、風に流されて少しずつ薄れていく。
「少女の容態は?」
レンが振り返ると、ゴルドが静かに答えた。
「呼吸は落ち着いているが……まだ目を覚まさない。」
「……そうか。」
ミナが少女の頬に触れ、心配そうに眉を寄せる。
「このまま森に置いておくわけにはいかないわね。街に戻って宿で休ませましょう。」
カイがうなずき、短く指示を出す。
「ゴルド、頼む。俺たちは周囲を警戒しながら戻る。」
「任せろ。」
四人は足を速めた。
森の出口へと続く小道を、夕日が赤く照らしている。
歩きながら、レンは背負い袋から包みを取り出した。
「……これ、昼に宿のおばさんが持たせてくれたサンドイッチ。歩きながらでも食える。」
「助かる。」
カイがそれを受け取り、一口かじる。
「うまいな。パンが柔らかい。卵の焼き加減も絶妙だ。」
「ほんとね。こんなときでも胃が落ち着く味だわ。」ミナが微笑む。
サンドイッチの中には、宿でもらった卵と少しの野菜。
冷めていても香ばしい香りが広がり、緊張した心を少しだけ解いた。
ゴルドは少女を抱きかかえながら、黙々と前を歩いていた。
時折少女の顔を覗き込み、安堵したように息をつく。
レンはその背中を見つめながら、静かに思う。
――誰かを救えるって、悪くないな。
やがて、木々の隙間から街の灯が見え始めた。
リステアの夕景が、まるで彼らを迎えるように輝いている。
⸻
◆リステアの街にて
ギルドの報告所は夜でも明るく、冒険者たちの声が響いていた。
受付に向かうと、カイが袋から薬草の束と討伐証――四つのゴブリンの右耳を取り出した。
「薬草採取依頼、規定量と追加分。それと森でのゴブリン討伐だ。」
受付の職員が丁寧に確認し、うなずく。
「確認しました。薬草の規定報酬が銀貨十二枚、追加分が三枚、そして討伐報酬がゴブリン四体分で銀貨十二枚……合計で銀貨二十七枚になります。」
カイが受け取った銀貨を数え、机の上に並べた。
「二十七枚のうち、追加の三枚は……この子の分にしておこう。」
「うん、それがいい。」ミナが静かに頷く。
レンは眠る少女を見下ろし、柔らかく微笑んだ。
「……きっと、目を覚ましたら喜ぶよ。」
カイは残りを四等分し、一人ずつ手渡していく。
「規定分と討伐分、全部合わせて一人六枚ずつだ。……よくやったな。」
「ありがとう。」
レンは銀貨の冷たい重みを確かめた。
初めての冒険の“証”が、そこにあった。
受付の職員が微笑みながら言う。
「あなたたち、立派ですね。ギルドとしても信頼できます。」
カイは軽く頭を下げた。
「当然のことをしただけです。」
職員が立ち去ると、レンが少女を見下ろしながら口を開いた。
「……この子、まだ目を覚まさないな。」
ミナが少女の髪をそっと撫でながら言う。
「冷えてるわ。どこかで休ませないと。」
「だったら――」レンが一歩前に出た。
「俺の泊まっていた宿で休ませよう。ここからも近い。」
カイが頷く。
「それがいいな。安全だし、人もいる。」
ゴルドが少女を抱き直す。
「じゃあ行こう。」カイが短く言い、ミナもうなずく。
「ええ、早く連れていきましょう。」
夜の風がギルドの外から流れ込み、銀貨が小さく鳴った。
その音が、初めての仕事を終えた四人を静かに祝福していた。
⸻
◆宿にて
木製の扉を押し開けると、いつもの温かな匂いが出迎える……はずだった。
しかし、今日は違った。
「……あれ? 女将さんいないな。」
レンが首を傾げると、奥からがっしりした体格の男が現れた。
腕を組み、疲れた顔でこちらを見る。
「ああ、君たちか。例の料理を作ってくれた少年と仲間だな。」
「はい。……女将さんは?」
「実はな、昨晩から娘が帰ってないんだ。」
男の声に、場の空気が一瞬止まった。
カイが慎重に言葉を選ぶ。
「娘さん、ですか? 年はいくつくらいで?」
「十五だ。薬草採りが好きでな……まさか森に行ったんじゃないかと思って、女将が探しに出た。」
レンの心臓が一瞬跳ねた。
ミナと視線が合う。
――まさか。
「もしかして、その娘さん……髪の長い茶髪の子、ですか?」
「そうだが……君、まさか――」
その時、宿の外で足音がした。
扉が開き、ゴルドが少女を抱えたまま立っていた。
夕闇の中、少女の髪がランプの光を反射して、ゆっくり揺れている。
男の瞳が見開かれた。
「リーナ……!」
その叫びに、宿全体が安堵の空気に包まれる。




