表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/82

6. 森を抜けて、帰路と少女の行方

 陽が傾き、森の影が長く伸びていた。

 血と焦げの匂いも、風に流されて少しずつ薄れていく。


「少女の容態は?」

 レンが振り返ると、ゴルドが静かに答えた。

「呼吸は落ち着いているが……まだ目を覚まさない。」

「……そうか。」


 ミナが少女の頬に触れ、心配そうに眉を寄せる。

「このまま森に置いておくわけにはいかないわね。街に戻って宿で休ませましょう。」

 カイがうなずき、短く指示を出す。

「ゴルド、頼む。俺たちは周囲を警戒しながら戻る。」

「任せろ。」


 四人は足を速めた。

 森の出口へと続く小道を、夕日が赤く照らしている。


 歩きながら、レンは背負い袋から包みを取り出した。

「……これ、昼に宿のおばさんが持たせてくれたサンドイッチ。歩きながらでも食える。」

「助かる。」

 カイがそれを受け取り、一口かじる。

「うまいな。パンが柔らかい。卵の焼き加減も絶妙だ。」

「ほんとね。こんなときでも胃が落ち着く味だわ。」ミナが微笑む。


 サンドイッチの中には、宿でもらった卵と少しの野菜。

 冷めていても香ばしい香りが広がり、緊張した心を少しだけ解いた。


 ゴルドは少女を抱きかかえながら、黙々と前を歩いていた。

 時折少女の顔を覗き込み、安堵したように息をつく。


 レンはその背中を見つめながら、静かに思う。

 ――誰かを救えるって、悪くないな。


 やがて、木々の隙間から街の灯が見え始めた。

 リステアの夕景が、まるで彼らを迎えるように輝いている。



◆リステアの街にて


 ギルドの報告所は夜でも明るく、冒険者たちの声が響いていた。

 受付に向かうと、カイが袋から薬草の束と討伐証――四つのゴブリンの右耳を取り出した。


「薬草採取依頼、規定量と追加分。それと森でのゴブリン討伐だ。」


 受付の職員が丁寧に確認し、うなずく。

「確認しました。薬草の規定報酬が銀貨十二枚、追加分が三枚、そして討伐報酬がゴブリン四体分で銀貨十二枚……合計で銀貨二十七枚になります。」


 カイが受け取った銀貨を数え、机の上に並べた。

「二十七枚のうち、追加の三枚は……この子の分にしておこう。」

「うん、それがいい。」ミナが静かに頷く。

 レンは眠る少女を見下ろし、柔らかく微笑んだ。

「……きっと、目を覚ましたら喜ぶよ。」


 カイは残りを四等分し、一人ずつ手渡していく。

「規定分と討伐分、全部合わせて一人六枚ずつだ。……よくやったな。」

「ありがとう。」

 レンは銀貨の冷たい重みを確かめた。

 初めての冒険の“証”が、そこにあった。


 受付の職員が微笑みながら言う。

「あなたたち、立派ですね。ギルドとしても信頼できます。」

 カイは軽く頭を下げた。

「当然のことをしただけです。」


 職員が立ち去ると、レンが少女を見下ろしながら口を開いた。

「……この子、まだ目を覚まさないな。」


 ミナが少女の髪をそっと撫でながら言う。

「冷えてるわ。どこかで休ませないと。」


「だったら――」レンが一歩前に出た。

「俺の泊まっていた宿で休ませよう。ここからも近い。」


 カイが頷く。

「それがいいな。安全だし、人もいる。」


 ゴルドが少女を抱き直す。

「じゃあ行こう。」カイが短く言い、ミナもうなずく。

「ええ、早く連れていきましょう。」


 夜の風がギルドの外から流れ込み、銀貨が小さく鳴った。

 その音が、初めての仕事を終えた四人を静かに祝福していた。



◆宿にて


 木製の扉を押し開けると、いつもの温かな匂いが出迎える……はずだった。

 しかし、今日は違った。


「……あれ? 女将さんいないな。」

 レンが首を傾げると、奥からがっしりした体格の男が現れた。

 腕を組み、疲れた顔でこちらを見る。


「ああ、君たちか。例の料理を作ってくれた少年と仲間だな。」

「はい。……女将さんは?」

「実はな、昨晩から娘が帰ってないんだ。」

 男の声に、場の空気が一瞬止まった。


 カイが慎重に言葉を選ぶ。

「娘さん、ですか? 年はいくつくらいで?」

「十五だ。薬草採りが好きでな……まさか森に行ったんじゃないかと思って、女将が探しに出た。」


 レンの心臓が一瞬跳ねた。

 ミナと視線が合う。

 ――まさか。


「もしかして、その娘さん……髪の長い茶髪の子、ですか?」

「そうだが……君、まさか――」


 その時、宿の外で足音がした。

 扉が開き、ゴルドが少女を抱えたまま立っていた。

 夕闇の中、少女の髪がランプの光を反射して、ゆっくり揺れている。


 男の瞳が見開かれた。

「リーナ……!」


 その叫びに、宿全体が安堵の空気に包まれる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ