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59.開かれる迷宮

 朝の王都は、明るい日差しに包まれていた。

 街路の屋台からは焼きたてのパンの香りが漂い、

 行き交う人々の笑い声が響く。


 レンはリーナと並んで、学園への道を歩いていた。

 「今日こそ早く行こうね。昨日みたいに鐘が鳴ってから走るのはもう嫌だから。」

 「昨日はリーナが寄り道したせいだろ。」

 「え? だってあの店のパイ、見逃せなかったんだもん!」

 いつもの調子で言い合いながら、二人は笑った。


 学園の門をくぐると、ざわめきが広がる。

 訓練場では木剣の音が響き、校庭では生徒たちが大剣術祭の話題で盛り上がっていた。


 「出場登録、1ヶ月後までだって!」

 「見たか? 今年は見学に王族も来るらしいぞ!」


 リーナが机に腰をかけて言った。

 「ねぇ、レンくんも出るんでしょ?」

 「どうだろうな。準備不足かも。」

 「もー、そんなこと言って、どうせ最後には出るんでしょ。」

 彼女は小さく笑い、窓の外に目を向けた。


 陽の光が差し込み、白い校舎がまぶしく光る。

 風がカーテンを揺らし、授業の鐘が鳴った。


 「さ、行こ。今日も一日、頑張ろっ。」

 「おう。」


 教室へ向かう途中、レンはふと立ち止まる。

 校舎の外――遠くの屋根の上に、黒い影が見えた。

 ほんの一瞬、誰かがこちらを見ていた気がする。


 だが次の瞬間、風が吹き抜けて影は消えた。

 (……気のせい、か。)


 レンはそのまま教室へ向かった。


 街の喧騒の中、屋根の上で風に揺れる黒髪。

 リゼは学園を遠くから見下ろしていた。

 目を細め、つぶやく。


 「……平和、ね。

  でも、嵐の前ってのは、いつもこんな空気だった。」


 風が吹き、彼女の外套がはためく。

 遠くで再び鐘の音が鳴った。


 日常は、確かに戻ってきていた。

 ――少なくとも、表向きは。


 昼休みが終わるころ、学園中に告知の鐘が響いた。

 それは授業の合図とは違う、低く重たい音だった。


 「全校生徒は、中央講堂に集合してください。」

 教師の声が響き、生徒たちはざわつきながら廊下に出る。



 昼過ぎの学園は、いつになく活気づいていた。

 放送塔の鐘が鳴り、中央講堂へと生徒たちが集まっていく。


 「なにか発表?」

 「大剣術祭の追加競技かな?」

 期待の混じる声を横目に、レンはリーナと並んで講堂の扉をくぐった。


 壇上には、学園長と教師たちが並んでいる。

 魔法灯の明かりが穏やかに揺れ、空気には緊張とざわめきが混じっていた。


 やがて、学園長が杖を軽く叩いた。

 「静粛に。――諸君、本日より、訓練用迷宮《ルメリア深層域》の開放を宣言する。」


 その一言に、講堂が一斉にどよめく。

 長らく封鎖されていた学園ダンジョンが、ついに再開――

 その響きだけで、胸を高鳴らせる生徒も多かった。


 「今回の解放は段階的に行う。」

 学園長が後方の幻灯を指し示す。

 「ルメリアは全十五階層構造。

  初月は第五層までの進入を許可、

  次月には第十層まで、

  そして三ヶ月目には第十四層まで挑戦を認める。

  最終階層は――」


 言葉を区切り、微笑を浮かべる。

 「勇者一行が安全確保を行う予定だ。」


 講堂が再び揺れるほどの歓声に包まれた。

 「勇者様が来るのか!?」「見学できるのかな!?」

 リーナは興奮気味にレンの袖を引く。

 「すごいよ! ほんとに来るんだ!」

 「……そうみたいだな。」

 レンの表情は穏やかだが、胸の奥に何かが静かに波打っていた。


 「なお、入場条件は最低四人一組。

  単独行動は禁止だ。」

 学園長の声が響く。

 「リーダーは必ず責任者として登録すること。

  以上、各自の奮闘を期待している。」



 解散後、校庭のあちこちで生徒たちがパーティを組み始めていた。

 「前衛二人ほしいな!」「魔法系あと一人!」


 賑やかな声の中、リーナが振り向く。

 「レンくん、組もう! あとは誰誘う?」

 「四人必要なんだろ。……候補は?」

 「うーん……ルデス王子とか、どう?」

 「冗談だろ。」

 「意外と本気なんだけどなぁ。」


 そのときだった。

 背後から柔らかな声がした。


 「――それ、ちょうどいい話だね。」


 振り向くと、ルデス王子が立っていた。

 昼の光を受けて、金糸のような髪が輝く。

 「僕もちょうどチームを探していたところなんだ。」

 「……王子が直々に参加、ですか。」

 「学園行事だ、肩書きは置いておくよ。

  もちろん、リーダーは君に任せる。」


 リーナは目を丸くしながらも嬉しそうに頷く。

 「やった! じゃああと一人!」


 そこに控えめな声が上がる。

 「……よかったら、俺も。」

 声の主は、茶髪の男子生徒。

 普段は図書棟にこもっている物静かなタイプ――セイル・アストル。

 魔法理論に長けており、戦闘よりも分析を得意とする。


 「ちょうど四人だな。」

 レンが頷く。

 リーナが嬉しそうに手を叩いた。

 「じゃあ決まり! レンくん、リーダーよろしくね!」


 ルデスが静かに笑う。

 「頼りにしているよ、レン」


 その言葉に、レンは小さく息を吐き、

 遠くに見える迷宮の門を見つめた。


 ――新しい挑戦が始まる。

 そして、この四人の組み合わせが、

 “学園史”に残る最大級の出来事に巻き込まれていく…

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