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56.報告と報酬

  夜が明け、王都はいつもの喧騒を取り戻していた。

 だが、その朝の空気には、どこか張り詰めた冷たさが残っていた。


 レンとリゼは、王城の裏門から中庭を抜け、

 静まり返った応接室へと通された。

 窓辺では、ルデス王子が資料を眺めている。


 彼は振り返らずに言った。

 「鈴の音が止んだそうだね。……被害は?」


 リゼが静かに答える。

 「攫われていた子どもたちは無事。

  ただ、影の残滓がいくつか……完全消失までは時間がかかります」


 「そうか」

 ルデスは小さく頷くと、机上の羊皮紙に視線を落とした。

 そこには、黒く描かれた七つの紋章。


 「“虚神教団”。

  名前だけは、前から情報として上がっていた」


 その声には、いつもの柔らかさがなかった。

 冷静で、そして深く沈んでいる。


 「……第七使徒、ね」

 「ええ。自らそう名乗っていました」

 リゼの言葉に、ルデスは眉をわずかに寄せる。


 「使徒を名乗るほどの者が一人で動くのか?」

 「単独ではないと思われます。

  背後に、音と精神干渉を操る“祈祷師”のような存在が……」


 ルデスは唇を噛み、目を伏せた。

 「神の代行者を気取る狂信者たち……。

  もし、王都に根を張っているなら――放ってはおけない」


 沈黙。

 重たい空気が部屋を満たす。


 やがて彼は顔を上げ、

 真っ直ぐレンを見た。


 「レン・ヴァルト」

 「……はい」


 「君は、今回の件で確かに命を救った。

  だが同時に、敵の存在を王家に知らしめたのも君だ」


 レンは少しだけ息を呑む。

 だがルデスは続けた。


 「感謝する。……そして、今後も“影”に備えてくれ」

 「承知しました」


 短い返答。だがその声には迷いがなかった。


 ルデスはわずかに笑みを浮かべた。

 「鈴が止まったのは一つの終わり。

  だが、これは序章にすぎない。

  ――“神”を名乗る者たち、全てが敵だ」


 リゼが静かに頷く。

 「“王のキングス・エッジ”、すでに動ける者を選抜しておきます」

 「頼む。……もう被害を出したくない」


 朝日が窓を照らし、

 王子の横顔に淡い光が差した。


 その光の中で、ルデスはゆっくりと拳を握る。


 「――影ではない、“神”を斬る」

 「それが、王の刃の使命だ」


 その言葉に、誰も反論しなかった。

 ただ、静かに頷くだけだった。


 部屋を出たあと、廊下でリゼが小さく息を吐いた。

 「……また、長い夜になりそうね」

 「でも、次はもう負けません」


 レンの声は静かで、それでいて確かな強さを帯びていた。

 リゼは少しだけ笑う。

 「じゃあ、鍛錬量を増やしましょうか」

 「勘弁してください」


 廊下の窓から差す光が、

 二人の背を柔らかく照らした。


 廊下を歩き出そうとしたところで、

 ルデスがふと思い出したように声をかけた。


 「――ああ、そうだ。もう一つ」


 レンとリゼが振り返る。

 ルデスは机の引き出しを開け、

 布に包まれた細長いものを取り出した。


 「今回の報酬だよ。

  命を懸けて“音”を止めた功績として、

  王の刃の名に恥じぬものを渡す」


 布が静かに解かれる。

 中から現れたのは、漆黒に近い銀の短剣。

 刀身にはうっすらと文字が刻まれているが、

 どの言語にも該当しない。


 「……綺麗だ」

 レンは思わず呟いた。


 ルデスが微笑む。

 「“双極のデュアル・エッジ”の片方だ。

  リゼが使っていたものと対になる。

  ただし――真の力を発揮するのは、とても難しい一振りでね」


 彼は軽く刃を撫でながら続ける。

 「誰も、この短剣にかかっている魔法を発動させることができなかった。

  王宮の魔導師でも、“解析不能”と結論づけたほどさ」


 「……そんな代物を俺に?」

 「いいや、“託す”んだ。

  きっと君なら、いずれ応えてくれると思っている」


 ルデスは軽く笑みを浮かべ、短剣を差し出した。

 「効果は――そうだな。

  使えるようになってからのお楽しみにしておこうか」


 両手で丁寧に受け取った。


 刃を握ると、ひやりとした金属の冷たさの奥で、

 何かが脈打つような微かな感覚が伝わってきた。


 「……確かに受け取りました」

 「それでいい。

  その短剣が“目を覚ます”日を、楽しみにしている」


 リゼが横で小さく微笑む。

 「それ、王国の倉庫に長く眠ってた“問題児”の一本なのよ。

  でも……きっと、あなただから選ばれたのね」


 ルデスは肩をすくめた。

 「扱いには気をつけてくれ。

  ……下手をすれば、持ち主の魂を喰らうかもしれない」


 「冗談ですよね?」

 「さて、どうだろう」


 その軽い言葉の裏に、

 ほんのわずかな“本気”が混じっていた。


 レンは深く息を吸い、

 新たな刃を腰の鞘に収めた。


 「……ありがとうございます、殿下」

 「礼はいい。

  ――ただ、覚えておいてくれ。

  その刃は“力”じゃない、“覚悟”を測るためのものだ」


 短い沈黙。

 そして、王子の瞳が柔らかく光った。


 「ようこそ、王の刃へ」


 その瞬間、レンは初めて理解した。

 この戦いは、ただの任務ではない。

 ――“王国の影”としての道が、今、始まったのだ。

この物語をここまで読んでくれたあなたに、心から感謝します。

主人公たちの旅がまだ続くように、作者も筆を止めずに進みます。

もし続きを見たいと思ってくださったら、「★」をぽちっとして応援してもらえると嬉しいです!


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