52.日常と再び任務へ
鐘が鳴り、教室にいた生徒たちが一斉に席を立った。
窓の外には、春の終わりを告げるような夕陽が差し込んでいる。
柔らかな光が机を照らし、いつもと変わらない一日の終わりが訪れた。
「じゃあ、また明日な!」
笑い声とともにクラスメイトたちが教室を出ていく。
いつもの賑やかさ。
けれど、レンにはどこかその音が遠くに感じられた。
机の列の端――リーナが座っていた。
彼女はノートを閉じたまま、窓の外の光をぼんやり見つめている。
その瞳には、どこか“色”がなかった。
レンはそっと声をかけた。
「……もう平気?」
リーナは顔だけこちらに向け、ゆるく笑った。
「うん、体はね。眠るのも、食べるのも、もう普通。
でも――なんか、夢を見てるみたい」
「夢?」
「うん。目は開いてるのに、頭の中が白いままっていうか……」
彼女は言葉を探すように口を閉じた。
その仕草を見て、レンは何も言えなくなった。
昨日までの彼女なら、きっと笑って冗談を返していた。
今のリーナには、体温だけが戻っていて、心がどこかに置き去りになっているようだった。
「無理しないでください。しばらくは休んだほうがいい」
「……ありがと。でもね、じっとしてると変に落ち着かなくて」
リーナは自分の両手を見下ろし、ゆっくりと握った。
「指の感覚はあるのに、なんか他人の手みたいなの」
レンは静かに息を吐いた。
「それでも、戻ります。時間をかければ」
「そうかな……戻るのかな」
リーナは笑ったが、その笑みには影があった。
教室の窓を抜ける風が、カーテンを揺らす。
どこかで小さな鈴の音が――ほんの一瞬、聞こえた気がした。
レンは思わず顔を上げる。
けれど、教室の中には彼とリーナしかいない。
風の音だけが、静かに通り過ぎていった。
「……気のせい、か」
小さく呟いて荷物をまとめる。
外の空は紫色に染まり、学園の門が夕陽に輝いていた。
学園の門を出ると、風が少し冷たくなっていた。
夕陽はもう傾き、街の影が長く伸びている。
門のそばに立つ黒衣の人影――リゼがいた。
昼間とは違う、完全に“任務の顔”だ。
「待っていたわ。遅かったじゃない」
「授業が長引きました」
「真面目ね。学生としては」
軽く肩をすくめながら、リゼは懐から折りたたまれた地図を取り出す。
「サイラスは王都警備の当番。殿下も会議中。
動けるのは、今夜は私たち二人だけ」
「了解です」
レンは短く答え、リゼが広げた地図に目を向けた。
そこには北区――市場裏の一角に赤い印がついている。
「新しい音の反応があった場所よ。昨夜の南橋とは別。
ここでも、同じ魔力の波が確認された」
「……同じ術者、ですか」
「おそらく。だけど、今回は“何かを隠してる”感じがする」
リゼの視線が夕闇の向こうを射抜く。
少しの間、沈黙が流れた。
そして、彼女はふと思い出したように言った。
「そういえば――昨日、鑑定してあげるって言ってたわね」
レンが目を瞬いた。
「え?」
「忘れたの?」
そう言ってリゼは片手を軽く上げた。
瞳が淡く光を帯び、視界の奥に情報が流れ込む。
「……出たわね。はい、結果」
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【鑑定結果】
名前:レン・ヴァルド
年齢:16
職業:冒険者(Dランク)
レベル:25
HP:176/176
MP:79/79
筋力:78
敏捷:193
耐久:60
知力:97
器用:112
運:51
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スキル:
・ショートウェポンマスター(Lv2)
使用者の腕より短い武器を装備時Lvごとの効果を受ける
条件外の武器装備時は効果無効。Lvupによる敏捷上昇率1.1倍
▼レベルごとの進化
Lv1:どんな短い武器でも直感的に扱えるようになる。技術補正が入る。ステータス補正1.5倍
Lv2:武器本来の“真の力”を引き出せる(※魔力を宿す短剣使用時のみ魔法も扱える)ステータス補正2倍
Lv3:一度使用した短武器の特性を他の短武器にも応用できる ステータス補正2.5倍
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所持技術:
・生活魔法(Lv2)
・基礎剣術(Lv3)
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リゼは光を消し、腕を組む。
「スキルレベルが上がってるわね。Lv2になってる」
「え、いつの間に?」
「森での魔物狩りで上がってたみたいね。
自覚がないなら、それだけ身体が“本能で対応してた”ってこと」
確かにあの時戦闘の途中から速度がかなり早くなった気がした。
レンは思わず苦笑した。
「本能、ですか」
「そう。悪く言えば無意識、良く言えば才能。
でも――油断すると、その速さに心が追いつかなくなるわ」
「……気をつけます」
「そうして。あのスキル、使い方を間違えれば身体を壊す」
彼女は少し歩き出しながら、
「ま、殿下も言ってたわ。“君の速さはもう、武器じゃなく現象だ”って」
と、わずかに笑った。
その言葉に、レンは何も返せず、ただついていく。
夜の王都へ向かう二人の影が、長く伸びた。




