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38.真実を追う少年

 地下室には、まだ鑑定の残光が淡く漂っていた。

 石壁を撫でるその淡い光は、まるでこの場所だけが時の流れから切り離されているようだった。

 冷えた空気の中、レンは新たに渡された短剣を握りしめ、静かに口を開く。


 「……ひとつ、聞いてもいいですか。」


 女がわずかに瞳を動かす。

 「どうぞ。ただし――聞いたら、もう戻れないかもね。」


 レンは迷いなく頷いた。

「あなたは……一体、何者なんですか。」


 わずかな沈黙。

 やがて、女は薄く笑った。


 「あなたは、自分の正義で人を殺した。

  “こちら側”に来る資格は充分にある。

  本当に戻れなくなるわよ――それでも聞く?」


 レンは息を飲み、短剣の柄を握る手に力を込めた。

 「……はい。聞かせてください。」


 女はゆっくりと椅子に腰を下ろし、蝋燭の炎を見つめながら言った。


 「私はリゼ。

  “王のキングス・エッジ”の一員――第2王子直属の暗殺部隊よ。

  王国が裁けぬ“悪”を、裏から葬る影の手。」


 その響きは静かで、それでいて鋭かった。

 レンは何も言えず、ただ息を呑む。

 その名と組織を同時に聞いた瞬間、もう元の世界には戻れないと悟った。


 「……暗殺部隊。」


 「そう。

  法の及ばない貴族、聖職者、そして“神を名乗る者”さえ――

  罪を隠して笑う者は、すべて“王の刃”が裁く。」


 レンは息を詰めた。

 「……じゃあ、院長も。」


 「“陽だまりの家”のブラン。

  あの男は、表では孤児を助ける善人。

  でも裏では、子どもを痛めつけて楽しむ外道。

  貴族と繋がり、誰も手を出せなかった。」


 「それでも、放っておいたんですか。」


 「放っておいたんじゃない。――まだ“確実な証拠”を見つけられていなかったのよ。」

 リゼの声は冷たく、しかしどこか静かな情を含んでいた。

 「だからこそ、あなたが見つけて、終わらせた。」


 短い沈黙。

 蝋燭の炎が揺れ、影が壁を這った。


 「……じゃあ、あの孤児院は?」


 「私たちが引き継ぐ。

  子どもたちは守られるわ。

  新しい管理者を送り、“影の庇護下”に置く。」


 レンは俯いた。

 胸の中に、光と闇がせめぎ合うような痛みが広がる。


 「あなたは……そんな生き方、怖くないんですか。」


 「怖さなんて、とっくに捨てたわ。」

 リゼは懐から黒い羊皮紙を取り出した。

 光に反射して、古い紋章が浮かび上がる。


 「これは“スキル解放の書”。

  神が定めたスキル枠を、人の手で“一つ”開くものよ。」


 レンは息を呑む。

 「そんなもの……本当に存在するんですか。」


 「第2王子の管理下、つまり“王の刃”には、少しばかりあるわ。

  使えば、普通の人間には戻れない。

  でも、力を求める者にはそれが報酬でもある。」


 レンはその黒い紙を見つめた。

 淡い光が、彼の瞳に反射する。


 「……あなたも、それを使ったんですね。」


 リゼは静かに笑った。

 「ええ。二度ね。

  “鑑定”と“収納”。」


 「二度……。じゃあ、本当にそれで三つのスキルを?」


 「そう。普通なら一つしか持てない。

  けれど、“書”を使えば限界を越えられる。

  これは神が与える加護じゃない。

  人が自ら掴む“可能性”なの。」


 その声は冷ややかで、それでいて確信に満ちていた。


 「あなたのスキル、《ショートウェポンマスター》。

  腕より短い武器限定――だけど、その分、精度は絶対よ。

  極めれば、魔法すら斬れるようになると思う。」


 「……俺に、それができるでしょうか。」


 リゼは椅子を離れ、淡く笑った。

 「答えは、自分で探しなさい。

  “力を求めるか”、それとも“人であり続けるか”。

  それを選ぶ資格が、あなたにはある。」


 レンは短く頷いた。

 その顔には恐れではなく、確かな決意があった。


 リゼはレンの肩にそっと手を置いた。

 「……あなたは今日から“仲間”よ。

  後で、他の者たちを紹介するわ。

  今日はもう帰りなさい。」


 地下室の扉が開き、階段の上から冷たい風が吹き込む。

 レンはその光を見上げながら、ゆっくりと息を吐いた。


 夜の街は静かで、それでもどこか遠くで鐘の音が鳴った。

 ――その瞬間、少年は“影”の世界に足を踏み入れた。

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