31.そして夜 ― ねこのしっぽ亭にて
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ねこのしっぽ亭の夜は、冒険者たちの笑い声と香ばしい料理の匂いで満ちていた。
厚い木の扉を開けた瞬間、外とは違う温かい空気が全身を包み込む。
この場所は俺らにとって、戦いの後に帰ってくる家のようなものだった。
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打ち上げの夜
「店主、今日は俺もビールだ。」
カイ・レイノルズがカウンター越しに声をかけると、店主が目を丸くした。
「お、珍しいな。よっぽど大仕事だったんだな。」
「まぁ、区切りってやつさ。」
店主が笑って木製ジョッキを差し出す。
「ゴルドも一緒に呑むよな。」
「もらう。」
ゴルドが短く答え、二つのジョッキが卓上で重なり合った。
ミナがパンをちぎりながら笑う。
「リーダーが自分から飲むなんて、ほんと珍しいね。」
「今日くらいは許してくれ。」カイが軽く返す。
「よくやったな、みんな。トロル三体……正直、心臓が止まりかけた。」
「それ、リーダーが言う?」ミナがすかさず突っ込む。
「たまには弱音も吐かせろ。」
「はいはい。」
レンが笑い、空気が和らぐ。
店主が皿を運びながら声を上げた。
「おい、もう一皿いっとけ! 今日は特別サービスだ!」
香ばしい肉とハーブの香りが、暖炉の炎とともに店中に広がった。
戦場とはまるで違う、穏やかな熱気だった。
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語られる冒険
食事がひと段落したころ、カウンターの奥からリーナが顔を出した。
「今回の冒険……どんな感じだったんですか?」
リーナが少し緊張した面持ちで言った。
「もしかして俺が語るのか?」
「他に誰がいるの?」ミナが肘でつつく。
「……はいはい、しょうがねぇな。」
カイはジョッキをくるくると回しながら言葉を選んだ。
「まず、あのダンジョン――どこのダンジョンでもそうだが、魔物は時間が経つとまた湧く。」
リーナが目を丸くする。
「そうなんですか!?」
「ああ。だから昇格試験に選ばれてる。死ななきゃ合格、ってやつだな。」
カイが苦笑し、ゴルドが「まったくだ」と低く相づちを打つ。
「最初の層は魔物も小物だった。
だが次の層からは空気が変わった。
苔が光る洞窟を抜けて、湖みたいな場所に出た時は驚いたな。
昼と夜の感覚が狂ってて、眠気も襲ってきた。」
ミナが頷く。
「あれね……眠りの魔力、だっけ。倒したあとしばらく夢の中だった気がする。」
「そうそう。」カイが笑う。
「レンなんか寝ながら剣握ってたからな。」
「……覚えてない。」レンが肩をすくめ、皆が笑った。
「三層を抜けた先は、森みたいな階層だった。
光が天井から差し込んでてな……一瞬、外に出たのかと思ったほどだ。
だが、そこにいたのが厄介でな。オークの群れだ。」
ゴルドが低く頷く。
「数が多かった。だが、連携が取れていた。」
「そうだな。」カイは頷く。
「ミナの短剣、レンの剣さばき、ゴルドの盾……あの時は全員が噛み合ってた。
思ったよりも早く片付いて、“俺たち強くなったかもな”なんて浮かれてたんだ。」
「浮かれてたね。」ミナが苦笑する。
「その直後に、トロルが三体出てきた。」
笑いが止まり、テーブルの空気が少し落ち着く。
カイはゆっくりと息を吐き、言葉を続けた。
「三体目を見たときは、正直、心が折れかけた。
でも――もう見つかっちまってたし、引けなかった。やるしかなかったんだ。」
レンが静かに頷く。
「最後は……カイの魔法と、俺の一撃で決まったな。」
「そうだな。」カイは苦笑しながら答える。
「レンなんて、自分の剣を弾かれて落とした後、ミナの短剣拾ってそのまま戦い続けてたからな。」
「えっ!? 本当ですか!?」リーナが目を丸くする。
ミナが笑って付け加える。
「そうそう。あれ、あとで返してもらったけど、血で真っ赤になってたの。」
「ちゃんと洗ったから!」レンが焦って言うと、
ミナとリーナが吹き出し、カウンターの奥で店主まで小さく笑った。
その穏やかな笑いに、ようやく緊張がほどけていく。
「ま、とにかく――俺たち、帰ってこれたんだ。乾杯!」
「おおっ!」
ミナが笑顔でグラスを掲げ、レンも続く。ゴルドは静かにジョッキを傾けた。
その音が重なり、暖かな笑いと香ばしい料理の匂いが混ざり合う。
炎の明かりがゆらめく店内は、まるで祝福の夜のようだった。
ほんのひととき、彼らは戦いを忘れ――
ただ仲間と、生きていることを味わっていた。
リーナが笑いながら席を立ち、
「今日は本当にありがとうございました。またお話聞かせてくださいね!」
そう言って奥へ戻っていった。
カイは少し背を伸ばし、軽くあくびを噛み殺す。
「――ふぅ、さすがに疲れたな。」
ジョッキを空にしながら、仲間たちを見回す。
「明日は一日オフにしよう。依頼も、訓練もなし。休みだ。」
「さんせーい!」ミナが勢いよく手を挙げ、ゴルドも静かに頷いた。
レンは笑いながらグラスの水を揺らす。
「たまにはいいね。じゃあ、明日はのんびり寝坊するよ。」
カイが小さく笑う。
「好きにしろ。ただし、昼には集合だぞ。」
「えぇ~、休みの意味なくなるじゃん。」
「冗談だ。」
そんな軽口にみんなの笑い声が重なり、
ねこのしっぽ亭の夜は、温かなままゆっくりと更けていった。




