30.帰還 ― 戦いの果てに
夕刻、リステアの街を包む光は橙から群青へと変わりつつあった。
泥と血に汚れた装備のまま、レンたちは冒険者ギルドの扉を押し開ける。
ざわめき、笑い声、酒の匂い。
いつもの喧噪が、ようやく日常へ帰ってきたことを告げていた。
受付嬢が顔を上げ、少し驚いたように目を瞬かせる。
「おかえりなさい。昇格試験、お疲れさまでした。」
カイ・レイノルズが軽く頷き、依頼票と小袋を机に置いた。
袋の中で、鈍い音を立てて転がるもの。
トロルの耳が三つ。
受付嬢の動きが一瞬止まる。
「……三つ、ですか? 本来は、一体の討伐確認で試験完了のはずですが……」
目を丸くしながらも、すぐに表情を戻して記録を取り始める。
「失礼しました。確認いたしました。ギルド長に報告いたしますね。」
そう言い、彼女は奥の扉へと足早に向かった。
しばらくの静寂。
やがて重い足音と共に、片目に古傷を持つ男――ギルド長ガラントが現れた。
視線が鋭い。だが、怒気ではなく純粋な確認の色があった。
「クレスト洞窟の昇格試験。お前たちだったよな?」
カイが立ち上がって一礼する。
「はい。カイ・レイノルズ率いるパーティです。」
ギルド長は机の上の袋を手に取り、中を確かめた。
「……三体、間違いないな。あそこは通常、トロルは一体しか現れないはずだ。
最近になって数が増えたという話もない。少し妙だな。」
彼はしばらく黙考し、低く続けた。
「悪いが、こっちでも調べてみる。
ただし――結果は上出来だ。全員無事、それが何よりだ。」
静かな声に、カイが頷く。
ミナが小さく息をつき、ゴルドは腕を組んで短くうなずいた。
レンは無言で立ったまま、そのやり取りを見つめていた。
ギルド長は報告書に印を押しながら言う。
「昇格試験、正式に合格とする。お前たち四人、EからDへ昇格だ。
これからはDランクの依頼も受けられるようになる。
ただし気を抜くな、Dからが“本当の冒険者”だ。」
カイ「はい。肝に銘じます。」
ギルド長はうなずき、腰の革袋を開いた。
「……本来、昇格試験に報酬は出ない。
だが今回は特例だ。三体も現れたとなれば、危険度は想定を超えている。
俺の懐から出そう。一人につき銀貨五十枚。受け取れ。」
受付嬢が袋を四つ並べ、丁寧に差し出す。
銀貨の光が、沈みゆく夕日を反射して温かく揺れた。
カイが代表して頭を下げる。
「ありがとうございます。……励みにします。」
ギルド長はわずかに笑い、
「そうしろ。次は報酬を“自分の腕”で勝ち取れ。」
そう言って奥へと戻っていった。
ギルド内に再び日常のざわめきが戻る。
レンたちは無言のまま、手の中の銀貨袋を見つめ合った。
誰も声を上げない。けれど、その沈黙の中には確かな達成感があった。
ミナがようやく口を開く。
「……終わったね。」
カイが軽く笑って返す。
「まだ始まったばかりだろ。」
ゴルドがぼそりと呟いた。
「まずは風呂と飯だ。」
レンは小さく笑い、うなずく。




