27.クレスト洞窟・第四層 熱気の森2
森を進むにつれ、空気はさらに重くなっていった。
湿った熱気が肌にまとわりつき、鎧の下で汗が流れる。
どこか遠くで、鉄を打つような音が響いた。
「……聞こえたか?」
レンが立ち止まる。
風の向こう、木々の切れ間に小屋のような影。
その周囲には、太い腕をしたオークたちが十数体。
丸太を運び、棍棒を研ぎ、肉を焼く――まるで人の集落のようだった。
「巣だな。」ゴルドが盾の縁を指で叩く。
「これを抜けないと、奥へは進めない。」
カイが短く頷いた。
「作戦は?」
「正面突破だ。」カイが静かに言った。
「敵は数が多いが、連携は甘い。
一気に叩き潰す。」
レンは息を整え、剣を抜いた。
血と鉄の臭いが空気に溶けている。
目の奥が自然と研ぎ澄まされていく。
⸻
風が止む。
一瞬の静寂のあと、四人は同時に走り出した。
最初の衝撃はゴルド。
盾を構えたまま突進し、立ち上がったばかりのオークを正面から叩き潰す。
「うおおおッ!」
盾が肉を押し潰す音。骨が軋む感触。
その衝撃波のような勢いに、後ろの二体まで倒れ込む。
その隙を縫って、ミナが飛び込む。
滑るように走り、転がったオークの首筋へ短剣を突き立てた。
血が噴き出す。彼女は迷いなく刃を抜き、すぐさま次へと跳んだ。
カイの詠唱が響く。
「《ライトスパーク》!」
杖の先が白光を放ち、眩い閃光が広場を満たす。
目を焼かれたオークたちが叫び、混乱する。
その直後、カイは間髪入れずに次の詠唱を繋げた。
「《ウォーターブレード》!」
鋭い水の刃が走り、三体の喉を一度に切り裂いた。
吹き出した血が草に吸い込まれ、黒く染まっていく。
レンは混乱の中を抜け、右手に構えたショートソードを低く振る。
ひとりのオークが振り下ろす棍棒を紙一重で避け、腹部を斬り上げた。
手応えと同時に、血飛沫が頬をかすめる。
「次ッ!」
もう一体が吠え、棍棒を横薙ぎに振る。
木の根がえぐれるほどの威力。
だがレンは後退せず、踏み込み、刃をねじ込んだ。
低い唸り声とともに、オークの体が崩れ落ちる。
背後からの影。
レンが振り返るより早く、ゴルドの盾がそれを弾いた。
「気ぃ抜くな!」
「すみません!」
レンは体勢を整え、盾越しに見える敵の喉へ突きを放つ。
ミナがその背後を走り抜ける。
その動きはまるで風。
短剣が閃き、最後の一体の背中を裂いた。
……静寂。
焼けた肉の匂いだけが、まだ空気に残っていた。
血の跡が土に混ざり、森全体が息を潜めているようだった。
⸻
「……これで全部か。」
ゴルドが盾を下ろし、息を吐く。
「おいおい、思ったより楽だったな。」ミナが笑う。
肩にかすり傷ひとつ。誰も大きな怪我はない。
レンは剣を拭いながら苦笑した。
「こんなに楽に倒せるなんて、少し拍子抜けですね。」
「俺たち……だいぶ強くなったんじゃないか?」
カイも小さく頷く。
「油断は禁物だが……確かに、ここまで来たな。」
「この先が第五層、“トロルの巣”のはずです。」
レンが地図を確認しながら言うと、森の奥から熱い風が吹き抜けた。
それはまるで、巨獣の吐息のようだった。
ミナが小さく笑う。
「勢いのまま行っちゃう?」
「もちろんだ。」ゴルドが盾を構え直す。
レンも頷き、ショートソードを腰に戻した。
「――行こう。」




