24.クレスト洞窟・第三層 眠りを誘う罠
湖を離れた一行は、湿った地面を踏みしめながら奥へ進んだ。
けれど、歩けど歩けど空は“昼”のままだった。
天井の光苔は衰えず、むしろ強く光り続けている。
「……変だな。」
ミナがぼそりと呟く。
「体は疲れてるのに、眠くもない……。」
「いや、眠いだろ。」
ゴルドが短く返す。
「俺はもう、目の奥が熱い。」
レンは肩で息をしながら、頬を軽く叩いた。
「……俺も、ちょっと……頭がぼんやりする。」
「気を抜くな。この層は時間だけじゃない、空間も歪んでるかもしれない。」
カイが杖を構え、光を強めた。
その時――。
洞窟全体が、微かに震えた。
光苔の輝きがふっと弱まり、明滅を繰り返す。
「……おい、なんだ?」
ゴルドが低く呟く。
やがて、光が完全に消え――次の瞬間、青白く灯り直した。
だがその色は、先ほどよりも深い。
まるで昼が夜に変わったように、森の中が青黒く染まっていく。
「昼が……終わった?」
ミナが小さく息を呑む。
「いや……太陽なんてここにねぇ。
でも、これは……。」
カイが眉をひそめた。
「光苔の魔力が変調してる。夜の属性に反転したんだ。」
暗くなった空間の中、空気が重くなる。
湿気が濃くなり、息が詰まるほどの静寂が訪れた。
――その時だった。
足元の苔がざわりと動いた。
風もないのに、地面が生きているようにうねる。
「止まれ。」カイの声が鋭く響く。
だが、遅かった。
ズブン!
地面から根のようなものが伸び、ゴルドの足を絡め取った。
「ぐっ……! こいつ!」
ミナが即座に短剣を抜き、斬りつけた。
ザシュッ! 緑の汁が飛び散り、土の匂いが濃くなる。
「木の根が……動いてる?」
「違う、魔物だ!《リーフストーカー》だ!」カイが叫ぶ。
その声と同時に、周囲の木々が軋んだ。
無数の根がうねり、地面が波のように盛り上がる。
まるで森そのものが怒っているかのようだった。
「数が多いぞ!」ゴルドが盾を構えた瞬間、
上空から木の葉が雪のように降り始めた。
――それは、眠りの粉。
「……っ、なんだこれ……目が……。」
ミナがよろめき、地面に片膝をついた。
呼吸が浅くなり、目が半ば閉じる。
「ミナ、しっかりしろ!」レンが駆け寄る。
だが、自分の視界も揺らいでいた。
音が遠く、足が鉛のように重い。
「眠気……毒じゃねぇ、これは……魔力……。」カイが苦い声を漏らす。
「“眠れる森”って名前、伊達じゃねぇな。」ゴルドが盾を叩きつけ、根を弾き飛ばした。
その間にも、森の中央で巨大な根の束が動く。
レンは半ば夢の中のような意識で、それを見つめていた。
頭の奥が霞み、まぶたが落ちていく。
「……くそ、まだ……終わってない……!」
レンが歯を食いしばり、前に出る。
カイの声が遠くから届いた。
「レン! 限界だ、下がれ!」
「いや……まだ……!」
根が迫る。ミナはもう倒れかけ、ゴルドが彼女を庇っている。
カイが杖を振り上げた。
「《ライトニング・バースト》!」
閃光が走り、敵の表面を焼く。
しかし核はまだ動いていた。
――その瞬間、レンの足が勝手に動いた。
意識と体が切り離されるような、奇妙な感覚。
眠気の中で、目だけが燃えるように冴えていた。
「ここで……倒れたら……皆が危ねぇ……!」
ぼやけた視界の中で、剣を構える。
足元がぐらつき、音が水の中のように遠のく。
根が迫る――。
それを裂くように、レンの剣が閃いた。
ズシュッ!
焦げた根の中心に、わずかに光る核。
渾身の力で突き立てた。
光が弾け、爆音が森に轟く。
――静寂。
根は崩れ、森は沈黙した。
焦げた匂いの中、レンは膝をつき、呟く。
「……よかった……間に……合った……。」
そのまま、力が抜けた。
剣が地面に落ちる音が、やけに遠い。
レンの体が前に倒れ――静かに眠りに落ちた。
ゴルドが駆け寄る。
「レン! おい、目を開けろ!」
「大丈夫だ、ただの睡眠魔法だ。」カイがレンの額に手をかざし、安堵の息をついた。
「……ミナも同じだ。二人とも、魔力に当てられた。」
「“眠れる森”ってのは、こういうことか……。」
ゴルドの低い声が洞窟に溶けていった。
カイは目を細め、杖を光らせた。
「もう少しで、アンチエリアだ。あそこなら……安全に眠れる。」
レンの寝顔は、戦いの疲れが抜けて穏やかだった。
不思議と、敵意も恐怖も感じさせない――
ただ静かに“眠り”の魔法に包まれているようだった。
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