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22. クレスト洞窟・第二層

 第一層を抜けてしばらく進むと、空気の質ががらりと変わった。

 肌にまとわりつく湿気。靴底が泥を噛むたびに、ぬるりとした感触が残る。

 洞窟の天井からは水滴が一定の間隔で落ち、ぽた、ぽたと音を立てて岩肌を濡らしていた。


 カイの杖が青白く灯り、光が岩壁の苔を照らす。

 緑の苔と濡れた岩が光を反射し、幻想的な景色を生み出すが――

 そこに潜む気配は冷たく、重い。


「……空気が違うな。」

 ゴルドが低く呟き、盾を握り直す。

 その声が湿った空間に反響した。

「足元が滑る。気を抜けば足を取られるぞ。」

「了解。」レンが答え、靴底を確かめるように地を踏む。


 どこかで小さな羽音が鳴った。

 最初は耳鳴りかと思うほど微かだったが、次第に数を増していく。

 ぶうううん……

 羽音が重なり、やがて暗闇の奥で何かが動いた。


「気配、右上!」ミナが鋭く声を上げる。

「来るぞ、構えろ!」カイが応じる。


 天井の影から、黒光りする羽虫が飛び出した。

 針のような口吻を持つ、スティンガーフライ。

 六匹。光に反射して黒い軌跡を描く。


 一体が先頭のゴルドに突進。

 盾が火花を散らす。

 ガンッ!

 「っ……重てぇな、こいつ! 勢いがある!」

 腕に響く衝撃を堪え、ゴルドが唸る。


 すぐさまもう一体がレンへ突っ込む。

 レンは反射的に身を低くし、ショートソードを薙ぐ。

 刃が風を切り、羽音が途絶える。

 黒い体が地に落ち、翅が乾いた音を立てて砕けた。


 「ミナ、背面注意!」

 呼びかけるより早く、ミナの短剣が煌めいた。

 飛びかかってきた虫の胴を裂き、青黒い体液が地を濡らす。

 甘く腐った匂いが鼻を刺した。


「《ウォーターバレット》!」

 カイの詠唱が響く。杖の先から放たれた水弾が一直線に飛び、

 羽音の群れを貫いて岩壁に叩きつけた。

 ぱしゃっという音と共に水飛沫が散り、湿気の中に溶ける。


 しかし、残りの四匹が再び旋回してくる。

 暗闇の中、無数の影が重なり、方向感覚を奪っていく。


「全員、背中合わせだ!」

 ゴルドが声を張る。

 四人がすぐに円を組むように動いた。

 レンの呼吸、ミナの足音、カイの詠唱の構え――それぞれが見えない糸で繋がっている。


 羽音が近づく。

 レンが踏み込む。左から一体、右上からもう一体。

 剣が弧を描き、金属音が重なった。キィンッ!

 火花と共に、翅が舞い落ちる。


 ミナの短剣が続く。流れるような動きで下段から切り上げ、

 一匹の胴体を正確に斬り裂いた。

 その隙を見逃さず、カイが詠唱を切り替える。

 「――《エアバースト》!」

 強風が一瞬で空気を震わせ、残りの二匹をまとめて弾き飛ばした。


 壁に叩きつけられた虫が、最後の悲鳴のように羽を震わせる。

 レンがすかさず踏み込み、止めを刺した。

 **ザクッ。**短い音とともに、洞窟に静寂が戻る。


 息を切らしながらレンは剣を下ろす。

 「……数が多いな。どこから湧いてくるんだ。」

「ここは湿気が多いからね。虫には天国みたいな場所だよ。」

 ミナが苦笑し、肩の汗を拭った。


 ゴルドは盾を地面に突き、静かに言う。

 「毒針は刺さっていないな。全員、異常なし。」

 その声には安堵が混じっていた。


 レンは倒した魔物の翅に光を当てた。

 透明な翅の縁が虹色に光る。

 「……綺麗だな。でも、危険な輝きだ。」

「美しいものほど厄介なんだよ。」

 カイが淡く笑いながら杖の光を弱める。


 洞窟の奥から、また水滴の音が聞こえた。

 それがまるで、次の試練を告げる鐘のように響く。


 「行こうか。」

 ゴルドの短い言葉に、全員が頷く。

 足元の水を踏みしめながら、四人は奥へと進んでいった。


 湿った岩の匂い、足元に広がるぬかるみ、

 光が届かぬ先で、風が低く唸る。

 それでも彼らの足取りは迷いがなかった。


 こうして、レンたちは第二層を突破する。

 冷たい空気を胸に吸い込みながら――

 次なる闇が待つ、第三層へと進んでいった。

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