20.クレスト洞窟への道
昼過ぎ、陽光が森の奥を金色に染めるころ。
レンたちは湿った土を踏みしめながら、薄暗い林道を進んでいた。木々の間を抜ける風は重く、遠くで鳥の鳴き声が短く途切れる。
「……もう少しだ。ギルドで聞いた地図だと、この先に“クレスト洞窟”がある。」
先頭を歩くカイが振り返る。
「正式にはクレスト洞窟、でも通称は“試練の洞窟”。新人を卒業するための登竜門だそうだ。」
レンはその言葉を聞きながら歩を進める。
「つまり、ここを越えれば一人前ってわけですね。」
「ああ。ただ、同時に危険も多い。無理をして命を落とした冒険者も少なくないらしい。」
その声は、カイのいつもの軽さとは違っていた。
「……罠とかはあるの?」とミナ。
「それも聞いた。ここは特殊で、罠は一切ないらしい。純粋に魔物との戦いだけだ。」
カイが淡々と答えると、ゴルドが前を見据えたまま言葉を挟んだ。
「罠がないなら、それはそれで厄介だ。油断する者ほど真っ先に倒れる。」
全員が小さくうなずいた。
森の空気が、じわじわと冷たくなる。
レンは自分の鼓動を聞きながら、腰のショートソードに触れた。
手に伝わる重みは、いつもよりも現実的で、重かった。
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カイが再び地図を広げる。
「洞窟は全5層構造。
1層と2層は小型魔物が中心。3層から数が増えて、4層で中型が出る。
そして5層のボスが――トロル。」
「トロル……聞いたことあるな。鈍いけど腕力は化け物みたいなんだよね?」とミナ。
「ああ。あいつの棍棒一撃で盾ごと吹き飛ばされた例もある。
だが、動きは遅い。冷静に対処すれば倒せない相手じゃない。」
カイの言葉に、レンも深くうなずいた。
「倒した証明は?」
「右耳だ。それをギルドに持ち帰れば昇格確定だ。」
「……わかりました。」
ゴルドが低く呟く。
「罠がなくとも、油断は死に直結する。互いに目を離すな。」
「了解。」
カイが最後に仲間を見回す。
「この洞窟は俺たちの“最初の壁”だ。
越えた先に何があるか――そのために今日がある。」
レンは静かに息を吐く。
その言葉に、胸の奥で何かが灯るのを感じた。
湿った風が吹き抜ける。
木々の隙間から、黒い岩壁が見え始める。
その奥、闇に口を開く洞窟の入り口。
クレスト洞窟――静かな試練の地が、彼らを待っていた。
森を抜けると、空気が一変した。
目の前に現れたのは、黒々とした岩壁。
その中央、ぽっかりと口を開いた洞窟の入口から、冷たい風が流れ出ている。
湿った土と石の匂い。中からは水の滴る音が微かに響いていた。
「ここが……クレスト洞窟。」
レンが小さく呟く。
カイは頷き、腰の杖を軽く掲げる。
「《ライト》。」
淡い光が杖の先に灯り、洞窟の内部をぼんやりと照らした。
黒い岩肌が鈍く反射し、奥へ続く階段のような段差がうっすらと浮かび上がる。
「思ったより……広いですね。」とミナが声を潜める。
「足場が悪い。滑るなよ。」
ゴルドが先に一歩を踏み出し、岩壁を軽く叩いて強度を確かめた。
レンは光の届かぬ奥を見つめた。
ただの闇なのに、吸い込まれるような圧迫感がある。
それでも、彼の手は震えていなかった。
腰のショートソードの柄を握り、深く息を吸い込む。
「……行こうか。」
カイの短い言葉に、全員が頷く。
光が揺れ、湿った空気が頬を撫でた。
足音が石の壁に反響する。
一歩、また一歩と闇の中へ。
森の音が静かに遠ざかり、洞窟の闇が彼らを包み込んだ。




