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2.街へ――初めての冒険者生活

 2年後16歳になる頃だった。


 朝焼けがまだ空の端に滲むころ。

 村の外れに立つ少年は、父に鍛えられたショートソードを背負い、

 ひとり風の中に立っていた。


「焦るなよ、レン。」

「……分かってる。父さんの言葉、忘れない。」


 ウィル・ヴァルドは無骨な手で息子の肩を叩き、笑う。

「どんな武器でも、握った者の心が本物なら強くなる。」

「うん。」


 レンはその言葉を胸に刻み、小さな村トルネアを出た。

 風が頬を撫で、背中のショートソードが静かに揺れた。



◆街の喧騒


 王都近郊の交易街リステア。

 人の波、屋台の香り、遠くに響く鍛冶屋の槌音。

 すべてが新鮮で、少しだけ眩しかった。


「……すげぇ、こんなに人が。」


 通りの角を曲がると、商人たちの話し声が耳に入る。


「王城で勇者候補の少年が召喚されたらしいぜ。」

「グラント家の息子だってよ、あの若さで勇者とはな。」


 レンは足を止め、小さく笑った。

「さすが、リアムらしいな……。」


 誇らしさと、少しの寂しさが胸を過ぎる。



◆スキル鑑定所


 街の中心、白い石造りの建物。

 入り口には「スキル鑑定所」と金文字が掲げられ、列をなす人々の姿があった。

 神官服を着た職員が光る魔法陣の前で祈りを捧げている。


 掲示板に書かれた料金表に目をやる。


【スキル鑑定料金】

ライトスキャン:金貨1枚

フルスキャン:金貨5枚


 レンは思わず息を呑んだ。

 財布の中には銀貨が数枚――宿数泊分。

 金貨1枚=銀貨100枚。金貨5枚なら……銀貨500枚。


「……宿五百泊ぶんか。」

 口から漏れた独り言に、隣の列の男が苦笑する。

「高ぇよな。俺も受けたいけど、五枚はキツい。」


 受付の女性が柔らかく声をかける。

「初めてですか? ご説明しますね。」

「お願いします。」


「ライトスキャンは、今持っているスキル名とレベル、

 それに簡単な説明が分かります。

 フルスキャンは、ステータス全般や潜在能力、

 ごく稀に“隠しスキル”まで判明します。」


 レンは息をのむ。

「……それで、金貨五枚。」

「ええ。神殿の魔力触媒を使いますから。高価ですが、受ける方は多いですよ。」


 レンは財布を見下ろす。

 銀貨が数枚――足りない。

「……もう少し稼いでから、ですね。」

「そのほうがいいと思います。」


 彼は礼を言い、建物を後にした。

 背後で淡い光が瞬き、祈りの声が響いていた。



◆冒険者ギルド


  重い扉の向こうから、金属の音と笑い声が漏れてくる。

 “ここが……冒険者の世界か。”

 レンは息を吸い込み、扉を押した。


 木製の看板に「リステア冒険者ギルド」と刻まれている。

 中は活気に満ち、行き交う冒険者たちの声と、どこか焦げた金属の匂いが混ざり合っていた。

 裏手の訓練場からは、木剣が打ち合う音や若い冒険者たちの掛け声が聞こえる。

 その響きに、レンの胸が高鳴った。


 受付のカウンターには、栗色の髪を後ろでまとめた女性職員がいた。

 柔らかい笑顔でレンに声をかける。


「新人さん、ですね?」

「はい。冒険者登録をお願いしたいんです。」

「ようこそ、リステア冒険者ギルドへ。ここで登録と、模擬戦の審査を受けてもらいます。」

「模擬戦……ですか?」

「ええ。スキルの有無や実戦感覚を見るための簡易試験です。怖がらなくても大丈夫ですよ。」

 女性は軽く微笑み、手際よく書類を差し出した。

「名前と出身地を記入してください。」

「……レン・ヴァルド。出身はトルネア村です。」


「ありがとうございます。少しお待ちくださいね。」

 書類を受け取った彼女が軽く頷き、裏手へ声を上げた。

「次の受験者、準備お願いします!」



 裏手からは木剣が打ち合う乾いた音、そして若い声。

 レンはその音を聞きながら、しばし待った。



 最初の受験者は、背の高い青年。

 杖を握り、震える声で詠唱を唱える。


 最初の受験者は、背の高い青年。

 杖を握り、震える声で詠唱を唱える。

「《フレイム・スパーク》!」


 火花が弾けたが、教官の盾が難なく受け止めた。

 火の玉は壁に当たり、ぱっと消える。


「詠唱が長い。実戦じゃ撃つ前にやられるぞ。」

「は、はいっ……!」


 二人目の少女は双短剣を構え、軽く足元を滑らせる。

「《スピードステップ》!」

 足元が光り、一瞬で間合いを詰める――が、

 教官の木剣が軽く横から弾いた。


「速さは悪くないが、視線が止まってる。剣は心で振れ。」

「うぅ……はい!」


 三人目の屈強な男が叫ぶ。

「《ストーンスキン》!」

 腕が岩のように硬化し、木剣を構える教官へ突進。

 だが、一撃、二撃――

 教官の体さばきはいなし切り、男は足を取られ、尻餅をついた。


「力に頼りすぎるな。武器が折れたら何もできん。」


 観客からため息と感嘆が漏れる。

「教官、やっぱ強ぇな……」「あれでまだCランクなんだろ?」


 レンは静かにその光景を見つめていた。

 スキルを使っても届かない。

 けれど、あの場所に自分も立ってみたい――

 そう思った。


 そのとき、受付の女性職員が声を上げた。

「次、レン・ヴァルド!」


 観客の視線が一斉に向く。

 レンは深呼吸し、ショートソードの柄を握った。



◆模擬戦:レン vs ダリオ


 訓練場の中央に立つ二人。

 レンはショートソードを構え、

 対するは中級冒険者・ダリオ――背丈ほどもある大剣を軽々と担ぐ男。


 観客席がざわめく。

「中級のダリオが相手かよ……」「新人には荷が重いだろ。」


「怖気づいたか?」

「いえ。お願いします。」

「いい目だ。じゃあ――全力で来い。」


 審判が手を上げ、声が響く。

「始めっ!」


 大剣が唸りを上げ、空気を裂いた。

 レンは紙一重で避け、ショートソードを振る。

 金属音が響く。

 火花が弾け、二人の距離が詰まった。


「ほう……悪くねぇ。」

 ダリオが笑い、さらに重い一撃を叩き込む。

 床板が軋み、観客が息を呑む。


 レンは低く構え、懐に潜り込む。

 ショートソードが閃き、胴を狙う一撃――


 ガキィンッ!


 大剣の刃が反射のように返され、受け止められる。

 火花が散り、レンの剣が弾かれた。


「悪くねぇな。」

 ダリオが一歩下がり、剣を肩に担ぐ。

「スピードは上出来だが、重さが足りねぇ。

 速さだけじゃ、力のある相手は斬れねぇぞ。」


「……はい。」


 観客席から声が上がる。

「中級相手にやり合ってたぞ……」「今の新人、動きがえぐいな。」


 受付の女性が歩み寄り、微笑んだ。

「スキルの反応は無かったけど、いい戦いだったわ。Eランク登録、おめでとう。」


 ギルドカードを受け取ったレンは、深く頭を下げた。

 剣を握る手の中に、まだ熱が残っていた。


 ――届きそうで、届かない。

 それが、初めての戦いの感触だった。

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