表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/83

19.出発の朝、初めての旅路

 朝靄が街を包み、リステアの屋根瓦が淡く光を反射していた。

 ねこのしっぽ亭の前には、旅支度を終えたレンの姿。

 背中の荷には弁当とスープ、そして女将からもらった干し肉。

 腰にはいつものショートソード、鞘の横には――大切な包丁が収められている。


 扉の音がして、リーナが顔を出す。

「レンさん、もう行っちゃうんですね……」

「はい。今日が初めてのダンジョンです。」


 リーナは小さくうなずき、手に持っていた小さな包みを差し出した。

「これは、お守り代わりです。」

 中には、小さな糸で編まれた猫のしっぽ型の紐飾り。

「宿の印なんです。無事に帰ってきたら、それ見せてくださいね。」


 レンは微笑んで受け取った。

「ありがとうございます。必ず戻ります。」


 店主と女将も出てきて、見送りに立つ。

「気をつけてな。」

「帰ってきたらまたオムライス頼むよ。」


 レンは一礼し、振り返らずに歩き出した。

 朝日が昇り、石畳が黄金に染まる。

 その光の中へ、一歩一歩、静かに足を進めた。



 街の門の前には、すでに三人の仲間が集まっていた。

 杖を背負ったカイが腕を組み、待ちくたびれたようにため息をつく。


「おーい、遅いぞ料理人。パンでも焼いてたのか?」

「弁当とスープを作ってたんです。みんなの分もありますよ。」

「ははっ、そこは抜かりないな。さすがだ。」


 ミナは笑いながら手を振る。

「リーナちゃん、見送りしてくれたんでしょ?」

「うん。……ちょっと名残惜しそうだったけど。」

「そりゃあね。看板料理人がいなくなったんだから。」


 ゴルドは無言のまま、背中の盾を軽く叩いた。

「話は後だ。――出るぞ、リーダー。」

「おう。」

 カイが頷き、門番にギルド証を見せる。


 扉がゆっくりと開く。

 外の空気は少し冷たく、森の匂いが混じっていた。

 四人は振り返らず、街を後にする。



◆風の匂い、森の入り口


 街道を外れた風はまだ冷たく、木々の間を抜けて頬を撫でていく。

 レンたちはリステアを出て半日ほど歩いた。

 土の匂いと湿った草の香り、鳥のさえずり。どれも街では感じられなかったものだ。


「ふぅ……ようやく森が見えてきたな。」

 カイが杖を肩に担ぎ、息を吐いた。

 視線の先、緑の海のような森の入り口が広がっている。


「この先を抜けて丘を越えたところに、例の洞窟があるらしい。」

「もうすぐですね。」

 レンが頷き、荷を少し背負い直す。


 森の入り口で一度足を止めた。

 ゴルドが前を歩き、木々の隙間を確認しながら低く言う。

「気を抜くな。魔物が出るのは昼でもおかしくねぇ。」

「了解。……ミナ、索敵お願い。」

「うん。」

 ミナが短剣を抜き、軽やかに森の中を見渡す。


 それを見ながら、レンは包みに手を伸ばした。

 布の中には弁当とスープの容器。

 まだ温もりが少しだけ残っている。


「お昼、そろそろどうします?」

 レンが言うと、カイが空を仰いでうなずいた。

「そうだな。腹が減ってたら戦いにならん。木陰で食おう。」



 四人は木の根元に腰を下ろした。

 レンが布を広げると、ふわりと香ばしい香りが漂う。

 弁当箱の中には炒め飯と細かく刻まれた野菜。

 パンの脇にはスープの瓶があり、淡い湯気が立っている。


「おお……これ、まさか朝に作ってたやつ?」

「はい。冷めても味が落ちにくいようにしてあります。」

 カイは箸を手に取り、口に運んだ。

「……うまいな。冷めてても味がしっかりしてる。」

 ミナも笑う。

「このスープ、やさしい味。レンらしいね。」


 ゴルドは無言のままスープを飲み干し、短く言った。

「戦場の食事とは思えん。……悪くない。」

 それは、彼にしては最大の賛辞だった。



 昼食を終えると、風が一段と強くなった。

 木々がざわめき、葉が舞う。

 森の奥からは、かすかな獣の声が聞こえる。


 レンは腰の包丁に手を触れ、深呼吸をした。

 初めての本格的な討伐、初めての長い旅。

 緊張と、それを上回る高揚が胸を満たしていく。


「……行こう。」

 その一言に、三人が頷く。

 四人の影が森の奥へと伸び、やがて深い緑の中へと消えていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ