18.黎明の支度
まだ街が眠りの中にある頃。
ねこのしっぽ亭の厨房だけが、ぽつりと灯りをともしていた。
レンは袖をまくり、火を点ける。
油を落とすと、じゅわっと音が弾け、香ばしい匂いが広がった。
刻んだタマネと小さく切った干し肉を炒め、炊いた米を投入する。
フライパンを手際よく振りながら、レンは静かに息を整えた。
「……もう少し塩を足して。」
ぱらぱらと音を立てながら、具材が金色に染まっていく。
仕上げに卵を絡め、チャーハンを木の弁当箱に詰めた。
温もりを閉じ込めるように蓋をして、布で包む。
――これが朝の分。
次に、携帯用のスープとパンを用意する。
まな板の上には、キャベチ・タマネ・トムト・じゃがも。
包丁が小気味よく響き、切り口からみずみずしい香りが立ち上る。
刻んだ野菜を鍋に入れ、水を注ぎ、火にかけた。
煮立ち始めたところで腸詰めを加え、塩胡椒で味を整える。
ふわりと立つ湯気に、レンの表情が少し和らぐ。
優しい香りが、静かな厨房に満ちていった。
「……これで昼の分も完成、かな。」
ちょうどそのとき、背後から足音が聞こえた。
「お前、もう起きてたのか。」
振り返ると、店主が眠そうな顔で立っていた。
「厨房お借りしてます。すみません。」
「いや、構わねぇよ。お前が立ってると朝が早く感じるな。」
店主は湯を沸かしながら鍋を覗きこみ、
「……しっかり準備してるな。ダンジョンに行くんだったか。」
「はい。今日から数日、外になります。」
「気を張りすぎるなよ。飯だけはちゃんと食え。」
「はい、ありがとうございます。」
レンが包みをまとめていると、今度は奥からもう一人。
エプロン姿の女将が欠伸をかみ殺しながら入ってきた。
「あらまぁ、朝から立派なこと。
……ほら、これ、持っていきな。」
手渡されたのは、包まれた小さな干し肉の束。
「保存が利くし、味も濃いから疲れた時に食べなさい。」
「ありがとうございます。助かります。」
「いいのよ。あんたが作ったオムライス、うちの看板になってるんだから。
……ちゃんと帰ってくるんだよ。」
女将の言葉に、レンは少しだけ笑って頷いた。
「はい、もちろん。」
包丁を洗い、静かに火を落とす。
朝日が窓から差し込み、金色の光が鍋を照らした。
背中に当たるそのぬくもりは、旅立ちを見送るようでもあり、
どこか“家”の温かさのようでもあった。
――今日が、新しい冒険の始まり。
そう思いながら、レンは厨房を後にした。




