16.「路地裏の灯りと、見えぬ気配」2/2
通りを抜けると、喧騒が少しずつ遠のいていった。
人通りはまだ多いが、先ほどまでの賑わいとは違い、どこか落ち着いた空気が漂っている。
リーナが指差した先には、石造りの武器屋が見えた。
立派な看板が掲げられ、入口には大剣や槍が無造作に立てかけられている。
鍛冶の音がかすかに響き、赤い火の粉が窓の奥でちらついた。
「こっちです。この通りの先に市場があります。」
リーナはその横を軽やかに通り過ぎる。
奥には、木の屋根を連ねた露店が並び、色とりどりの果物や野菜が山のように積まれていた。
香辛料の香り、焼き菓子の甘い匂い、そして人々の声。
広くはないが、生活の温度が詰まった市場だった。
買い物袋を提げた婦人たちが値切り交渉を繰り広げ、
子どもたちは果物の皮をかじりながら走り回っている。
「ここ、表の通りよりずっと安いんです。
農家の人が直接持ってくるから、新鮮で。」
リーナがそう言いながら足を止めたのは、野菜を並べた露店の前だった。
山のように積まれたキャベチ、赤く熟したトムト、土の香りが残るじゃがも。
どれも陽の光に照らされ、瑞々しく輝いている。
「こんにちは、リーナ嬢ちゃん。今日はひとりじゃないのかい?」
店主の初老の男が笑いながら声をかける。
「こんにちは、おじさん。今日は友達の手伝いです。
こっちはレンさん、明日ダンジョンに行く冒険者なんですよ。」
「ほぉ、そりゃ勇ましい! ここの野菜食べて行けば、どんな魔物だって蹴散らせるさ!」
店主の冗談に、リーナがくすっと笑う。
「このキャベチと、じゃがも、あとトムトを少しください。銀貨で。」
「はいよ、まいど! おまけにハーブを少し入れとくよ。スープの香りづけになる。」
「ありがとうございます!」
リーナは丁寧に頭を下げ、受け取った袋を抱えた。
その姿を見て、レンは自然に感心していた。
「なんだか、慣れてるな。」
「えへへ、宿の仕入れはいつも私の担当なんです。
お母さんは料理が得意ですけど、交渉は苦手で……。」
「なるほど。頼もしいな。」
市場の奥へ進むと、干し肉や腸詰めを売る店、香辛料の露店、ワイン樽を並べる屋台が続いていた。
リーナは商人たちと軽口を交わしながら、器用に値段をまとめていく。
彼女の笑顔に、誰もが自然と顔をほころばせていた。
「リーナ、お嬢ちゃん、今日も元気だねぇ!」
「お肉、少し分けてください。安くしてくれたら、今度宿で料理作りますね!」
「そりゃ楽しみだ!」
肉を買い終えたあと、香辛料の店に立ち寄る。
店先には色とりどりの粉末や乾燥葉が並び、風に乗って刺激的な香りが漂ってきた。
「コンソメと塩胡椒は、僕の手持ちにまだある。だから今日は――醤油を一本だけ買おう。」
「醤油ですか?」
「うん、明日の料理に使えると思う。」
レンがそう言って瓶を手に取ると、リーナは頷きながら店主に声をかけた。
「この醤油をください。それと、少しスパイスもお願いします。」
「まいど!」
「はい、いつもありがとうね。」
リーナが笑って返すと、店主はにやりと笑いながら袋を差し出した。
そのとき、レンがふと口を開いた。
「材料費は、全部俺が出すよ。今までの分もあるし。」
リーナは一瞬きょとんとしたが、すぐに首を横に振った。
「いいんです。これは助けてもらったお礼ですから。」
「でも、それじゃ悪いだろ。」
「じゃあ――代わりに、今日の宿の料理を手伝ってください。
お母さん、きっと喜びます。」
その提案に、レンは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから穏やかに頷いた。
「わかった。じゃあ、今日は腕を振るうよ。」
香辛料の瓶を包みながら、リーナは少しうれしそうに微笑んだ。
街のざわめきが夕風に溶けていく。
西の空が橙色に染まり、二人の影が長く重なって伸びていた。




