15.「路地裏の灯りと、見えぬ気配」1/2
カイたちがそれぞれの準備へ散っていったあと、
レンは椅子にかけていた荷物を取ろうとして、ふと足を止めた。
「……レンさん。」
声の主は、カウンターから少し顔をのぞかせたリーナだった。
その瞳は、昼の光を受けてきらりと揺れる。
「さっきの話、覚えてますか? 安い市場……。
今からなら、ちょうどいい時間なんです。」
「今から行くのか?」
「はい。お昼もまだですし、屋台で何か食べながら行きましょう。
今日は私の奢りで!」
「えっ、いや、そんな――」
「いいんです。命を助けてもらったお礼も、まだちゃんとしてませんから。」
リーナは微笑んで、腰に下げた小さな財布を軽く叩いた。
「ほら、行きましょう!」
その勢いに押されるように、レンは小さく息を吐いて頷いた。
「……分かった。じゃあ、お言葉に甘えて。」
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宿の扉を開けると、昼下がりの光が二人を包み込む。
街のざわめきと、焼きたてのパンや香辛料の香りが風に乗って流れ込んでくる。
道の両側には屋台が並び、子どもたちの笑い声、商人の呼び声、鉄器の音が交じり合う。
「リステアの昼って、こんなに賑やかなんだな。」
「昼時は特にですよ。宿にいると分かりにくいですけど、
表通りはいつもこんな感じです。」
リーナは慣れた足取りで屋台の前に立ち止まった。
「ここ、おすすめなんです。お肉が柔らかくて。」
彼女が差し出したのは、香ばしい匂いを立てる串焼きだった。
焼き目のついた肉が脂を滴らせ、鉄串の先から湯気が上がる。
「どうぞ。……あ、熱いから気をつけて。」
「ありがとう。」
レンは一口かじり、驚いたように目を見開いた。
「うまいな……! 外はカリッとしてるのに、中が柔らかい。」
「でしょう?」
リーナが嬉しそうに微笑む。
彼女も自分の串を少し齧り、頬をほころばせた。
「こうして街を歩くの、久しぶりです。」
「いつも宿の仕事で忙しいのか?」
「はい。でも……今日は、なんだか特別な日みたいです。」
レンは一瞬だけ視線を向けたが、リーナはすぐに笑って誤魔化した。
「ほら、冷めないうちに食べちゃいましょう。
この先を抜けると、もうすぐ市場です。」
昼の陽射しが石畳を白く照らす。
二人の影が並び、伸びていく。
その背中を追いかけるように、通りの喧騒がいつまでも響いていた。




