13.ねこのしっぽ亭の夜
夕暮れのリステア。
西日が屋根の端を照らし、街の喧騒が一日の終わりを告げていた。
レンたちはスティンガーフライ討伐の証を手に、冒険者ギルドの受付へと向かう。
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◆ギルドでの報告
「依頼の確認をお願いします。」
カイが代表して銀色の討伐証を差し出す。受付の女性は慣れた手つきで受け取り、帳面を確認した。
「スティンガーフライ十一体……確かに確認しました。被害の報告も収まりつつあるようですね。お見事です。」
柔らかな笑顔とともに、報酬袋が差し出される。
「銀貨二十四枚になります。」
カイは頷き、受け取った袋を開ける。
コインが淡い音を立てて揺れた。
「……六枚ずつ、でいいな?」
「うん、それで。」ミナが頷き、ゴルドも無言でうなずく。
レンは「ありがとうございます」と頭を下げた。
その姿を見て、受付の女性が微笑む。
「またのご依頼をお待ちしています。皆さん、お疲れさまでした。」
ギルドを出た時には、空はすっかり茜色に染まっていた。
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◆ねこのしっぽ亭にて
扉を開けると、香ばしいスープの匂いが鼻をくすぐった。
カウンターの奥で、旦那が片付けをしている。
顔を上げた彼は、レンたちを見るなり笑みを浮かべた。
「おう、戻ったか。娘はもう動き回れるくらいには元気になってるよ。ほんと助かった。」
「よかった……安心しました。」ミナが安堵の息をもらす。
旦那は胸を撫で下ろすように息をつき、言葉を続けた。
「本当にありがとうな。今日の夜は好きに食べていってくれ。代金なんていらねぇよ。」
カイが笑みを浮かべて言う。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
その隣で、レンが一歩前に出た。
「じゃあ俺、手伝いますよ。鍋くらいなら見れますし。」
旦那は少し驚いたように目を丸くし、そして笑った。
「お前は本当に真面目だな。けど今日は感謝の晩飯だ、働く日じゃねぇ。座って食ってけ。」
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◆夕餉と乾杯
やがてテーブルに、温かな料理が並ぶ。
こんがりと焼かれた鶏肉の表面は、黄金色の焦げ目をつけ、
切り分けるたびに肉汁がじゅわりと溢れる。
香草とスープの香りが混ざり、空腹を優しく刺激した。
旦那が腕を組みながら笑う。
「さて……誰か、酒はいけるか?」
カイとミナが同時に手を振る。
「僕は遠慮します。」「私も。」
そんな中、ゴルドが短く答えた。
「少しくらいなら。」
旦那が頷き、奥から木のジョッキを取り出す。
「なら一本だけサービスだ。今日はお前らの祝いの日だろ?」
黄金色の液体が注がれ、泡が静かに立つ。
その香りに、ゴルドの口元がわずかに緩んだ。
「……ありがてぇ。」
カイがパンを掲げる。
「じゃあ――無事の帰還と、仲間に。」
「乾杯!」
木の器が軽く触れ合い、温かな音を立てた。
ゴルドはジョッキを傾け、一口飲む。
喉が鳴り、わずかに息を吐く。
「……くぅ。やっぱ、戦いのあとはこれだな。」
ミナが笑う。
「少しは喋るようになったじゃない。」
「……酒のせいだ。」
ゴルドの頬がほんのり赤い。
鶏肉の香ばしい匂いと焼きたてのパンの甘い香りが漂う。
湯気と笑い声が重なり、ねこのしっぽ亭の夜はゆっくりと更けていった。
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◆母娘の感謝
食後、奥の階段から二人の姿が現れた。
昼に見た女将と、その隣に包帯を巻いた少女。
まだ完全ではないが、ゆっくりと歩けるほどには回復していた。
「娘を助けてくれて、本当にありがとうございました。」
女将が深く頭を下げる。
リーナもその後ろで小さく会釈した。
「……助けてくれて、ありがとう。」
その言葉に、レンは少し照れくさそうに笑う。
「無事で何よりです。元気そうで、よかった。」
カイが軽く頷いて言う。
「俺たちは依頼の帰りに立ち寄っただけさ。恩なんていらないよ。」
女将が涙を拭いながら笑う。
「それでも、ありがとう。あなたたちはこの宿の恩人です。」
その言葉に店内の空気が静まり、暖炉の火がぱちりと音を立てた。
湯気に包まれた空間の中で、誰もが穏やかな笑みを浮かべる。
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食事を終え、カイたちは立ち上がった。
旦那がカウンター越しに声をかける。
「また顔を出せよ。次は客としてな。」
「はい。」
カイは笑いながら頭を下げた。
その夜、ねこのしっぽ亭の灯りはいつもより少しだけ明るく、
彼らを静かに見送っていた。




