12.森を駆ける光と刃
川辺での出来事を胸の奥に沈めたまま、レンは静かに戻ってきた。
腰の包丁は料理用の荷物と一緒に木陰へ置き、代わりにショートソードを差し直す。
「おそーい! 昼寝でもしてたのか?」
ミナが声を上げる。
「いや、ちょっと……水が冷たくてさ。」
レンは苦笑して手を振った。
「準備はできてるか?」
ゴルドが短く尋ね、カイが地図を広げた。
「森の東側、小さな村の奥の畑だ。報酬は銀貨24枚。今日中に片づけるぞ。」
「数は少ないけど、油断は禁物ね。」
ミナが短剣を確認しながら言う。
刃先に光が反射し、彼女の瞳も真剣だった。
カイが微笑み、指先に小さな光を灯す。
「念のために結界魔法も準備しておこう。俺が魔法で援護する、ミナは前衛。ゴルドは守り、レンは側面に回れ。」
「了解。」
レンは頷き、鞘に手をかけた。
⸻
街道を抜けた先、小さな村の畑で農夫が待っていた。
「お、お前さんたち……ギルドの冒険者か?」
「はい。“害虫駆除”の依頼を受けました。」
カイが一歩前に出ると、男は胸をなでおろした。
「あいつら、“スティンガーフライ”って呼ばれる魔物でな。
ほら、あの黒い影だ。昼間でも飛び回るようになって畑を荒らすんだ。
毒針を持ってて、刺されたら厄介だぞ。」
カイが空を仰ぎ、眉を寄せる。
「……今も見える。群れで来るタイプか。」
「十一匹ほど確認。陣形を整えろ。」
ゴルドの低い声に、空気が一気に引き締まった。
⸻
ブゥゥゥン――。
羽音が空を満たす。黒緑色の影が畑の上を乱舞し、毒針が光を帯びた。
「来るぞ!」
カイが詠唱を開始する。
「《ライト・バースト》!」
光球が弾け、空が一瞬白く染まる。
視界を奪われた魔物たちが乱れた軌道で落ちてくる。
「今だ、ミナ!」
「了解っ!」
ミナが短剣を抜き、影のように走る。
跳躍しながら回転斬りを放ち、2匹の翼を切り裂いた。
体が地面に叩きつけられ、砂が舞う。
「残り九!」
レンが素早く数を確認しながら、背中合わせに構えた。
次の瞬間、針が飛ぶ。
ゴルドの盾が火花を散らしてそれを弾いた。
「右側三! ミナ、下がれ!」
「カイ、今だ!」
「わかってる――《ウィンド・ボルト》!」
風の矢が連続で放たれ、三体のスティンガーフライをまとめて撃ち落とす。
だがそのうち一匹が、地面から這い上がるように反撃に転じた。
「レン、避けろ!」
カイの声に合わせ、レンが反射的に前転。
針が髪をかすめ、地面に突き刺さる。
「ありがとう、助かった!」
「感謝はあとでいい、動け!」
ミナがレンの前に飛び出し、連続突きを繰り出す。
刃の軌跡が光を描き、羽根が飛び散った。
「七!」
ゴルドが盾で残りを押しつぶすように突進。
地面を蹴って体当たりし、二体を叩き伏せた。
「残り四!」
カイが息を整え、両手に光を集める。
「《ファイア・ランス》!」
炎の槍が一直線に走り、上空の群れを貫いた。
爆ぜる音と共に一匹が燃え落ちる。
「あと三!」
ミナが叫び、前へ駆ける。
短剣を交差し、八の字に斬り抜けて二体を同時に切り倒す。
残る一匹が上昇。
そのままミナの背後へ回り込もうとした瞬間――
「させるか!」
レンが踏み込み、ショートソードを振り上げた。
鋭い音と共に、黒い影が真っ二つに裂けた。
⸻
羽音が止む。
沈黙の中、煙のような黒い粒が空に溶けていく。
ゴルドが息を吐く。
「……終わりだ。」
「全員無事、上出来ね。」
ミナが汗を拭い、笑みを浮かべた。
「初依頼にしては上出来……いや、これなら胸を張って“冒険者”って言えるな。」
カイが穏やかに言い、魔力の残光が消えていく。
レンは剣を鞘に戻しながら、小さく笑った。
「やっと……少しは役に立てたかな。」




