表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/123

117.循環と吸収

みなさん明けましておめでとうございます。


まだまだレンの旅路は続きますが、

引き続き今年もよろしくお願いします。

 朝、訓練場に向かおうとしたところで、ルデスに呼び止められた。

「今日は鍛錬は休みだ。急ぎの用事ができた」


「仕事?」


「ああ。夕方までは戻れないかもしれない。リーナには伝えておく」

 それだけ言うと、ルデスは馬車乗り場の方へ歩いていった。


 ぽつんと取り残される。

(……体、動かしたいな)

 剣を振らないと、色んなことを考えてしまう。

 気づけば、足は冒険者ギルドの方へ向かっていた。


◆◇◆◇◆


 ギルドの掲示板は、昼前だというのに人だかりができていた。


 薬草採集。

 スライム掃除。

 荷物の護衛。


 その中に、一枚だけ目につく紙があった。


《王都近郊 畑荒らしロックボア討伐》

依頼主:東側農村組合

対象:ロックボア 数頭

推奨ランク:D〜C


 今の体慣らしには、重すぎず軽すぎずだ。


 紙を剥がし、窓口へ持って行く。


「ロックボアの依頼、受けます」


 受付嬢がちらりとギルドカードを見て、すぐに頷いた。


「Dランクなら問題ないと思います……角に気をつけてくださいね」


「はい!」


◆◇◆◇◆


 王都東門を抜け、街道を外れて畑の方へ向かう。


 風が、畝の間を抜けて頬を撫でていく。

 遠くで木々が揺れ、葉擦れの音だけが静かに響いていた。


 腰の短剣に意識を向ける。

(餓影)


『起きてる。どうした、散歩か』


(散歩ついでにクエスト。お前の力の詳しいところ、もう少し教えてほしい)


『ほう、やっと本題か』

 餓影の声が、少しだけ楽しそうになる。


『俺の本領は“吸う”方だ。空気、地面、淀んだ魔力、敵の魔力……そういうのを引っ張ってきて、お前の中に突っ込む』


(回復、って言ってたやつだな)


『あくまで“回復寄り”だな。体力や浅い傷を戻したり、魔力をじわっと補充したりはできるが、今のままじゃ、お前の未完治の傷や潰れた器までは触れられん』


 淡々と告げられる。


『それにだ。回復としては強いが、奪った力を“別の形”に組み替えるのは得意じゃない。俺がやれるのは、大抵はそのまま使うだけだ』


(つまり、攻撃とか強化には向いてない……?)


『単体だとな』


 そこで、餓影の声色が変わる。


『廻影があれば話は別だ。あいつは“循環”だ。俺が吸った力を、お前の中でうまく回して、強化や技に変えるのが本職だ』


(今、廻影はリゼが使ってる)


『分かってるよ』


 くくっと笑いが漏れる。


『ただな、レン・ヴァルド。お前、自分のスキルの説明、覚えてるか?』


(ショートウェポンマスター。レベル3は……一度使った短武器の特性を、他の短武器にも応用できる)


『そう、それだ』


 風が、道端の草をざわりと揺らす。


『俺からすれば、あれは“通り道を写す”能力に見える。廻影を一度握って戦ったことがもしあるなら、お前の中に刻まれてるはずだ』


(……)


『前に廻影を使ってたら、だがな。ショートウェポンマスターがレベル3まで上がってる今なら、“廻影の循環”だけ引っ張ってくることもできるかもしれん。俺の吸収に、その通り道をかぶせる感じだ』


「ああ……そういえば」

 思わず、声が漏れた。

(前に一度、廻影を借りて戦ったことがあったな)


『ほう、ついてるじゃねぇーか』

 餓影が、くつくつ笑う。

『経緯は今はどうでもいい。覚えているのは“型”だけで十分だ。あとで試してみろ』


(やってみるよ)


『お、ちょうどいい餌が来るぜ』

 その言葉とほぼ同時に、風向きが変わった。


 畑と森の境目の方から、土埃と獣臭が混じった空気が流れてくる。

 草むらが、低く揺れた。


 ずる、と地面をこする蹄の音。

 ロックボアが、一頭、茂みから姿を現した。


 猪を一回り大きくしたような体。

 額を覆う岩のような装甲。

 鼻息と一緒に、湿った土と草の匂いが濃くなる。


 その後ろに、影が二つ続く。

(三頭か)


 腰を落とし、二本の短剣を抜く。

 金属の擦れる音に合わせて、風がぴんと張り詰めた。

 さっきまで穏やかだった空気が、獣の息と殺気で重くなる。


『この程度じゃ、俺の力を試すまでもないけどな』


 目の前の一頭が、地面をかいた。

 土が跳ね、乾いた粒が頬に当たる。


 角を前に突き出し、突進。

 巨体が走るたび、空気が押し出され、胸に風圧がぶつかる。


 俺は半歩だけ横にずれ、踏み込みと同時に懐へ滑り込んだ。

 一本目で首元をかすめるように斬り、二本目で後脚の腱を断つ。


 ぶしゅ、と血が噴き出し、土の色が濃く染まる。

 ロックボアが悲鳴を上げて転がった。


 その隙を縫って、後ろの二頭が左右に散る。

 風の流れが二つに割れ、両側から圧が迫ってきた。


『ここだ』

 餓影が、静かに告げる。


(通り道……)

 餓影を握る右手に、意識を集中させる。


 ボアから吸われている魔力の線を

 手首、肘、肩、胸の奥へ。

 背骨から、頭へ、腰、あしのうらを伝わせる。

 体の内側を一周する、細い光の輪。


 それを、無理やりなぞる。


 ロックボア二頭が、同時に突っ込んでくる。

 左から土煙。右から獣臭。

 風が、二つの塊になってぶつかってくる。


 その瞬間、体の芯を一本の線が走った気がした。


 胸の奥が、かすかに熱くなる。

 足に乗る力が、いつもより少しだけ素直に地面へ伝わる。


 左の突進を紙一重で外側に流し、そのまま足元へ滑り込む。

 角が頬の横をかすめ、風圧だけが皮膚を撫でていった。


 腰をひねりながら、左の後脚を切る。

 同時に、体を反転させ、右の一頭の首筋へ短剣を滑らせた。


 血しぶきと一緒に、獣の熱が一瞬だけ指に触れる。

 その熱が、今度は体の中へじわりと流れ込むような錯覚があった。


 ロックボア二頭が、ほぼ同時に崩れる。

 土煙が遅れて追いつき、視界が少し白む。


 数歩離れて様子を見る。


 この程度では息も上がらない

 手のひらに残る震えも、いつもより早く収まっていく。


『……まあ、こんなもんだな』

 餓影の声が、少しだけ満足げに響く。


『上手く出来たみたいだな。今のは“循環の型”だけだ。俺の吸収はほとんど使ってない。敵も弱いしな』


(正直、よく分からないな)

 苦笑しながら、首を回す。


 さっき体を走った一本の線の感覚だけが、薄く残っていた。


『それで十分だ』


 餓影が淡々と続ける。


『通り道は分かったみたいだな。あとは、もう少し強い敵を相手に、練習すればいい』


(今日はイメージ確認ができた、この辺りは強い敵は中々出てこないし帰ってどこで練習するか考えるか)


『そうだな。回復を試すには、もっとお前がボロボロになってからじゃないと分かりにくい』


「それは遠慮したいな……」

 思わず口に出すと、誰もいない畑に自分の声だけが響いた。


 依頼の証拠として、倒した三頭分の牙を折る。

 袋にしまいながら、土と血と草の匂いを深く吸い込んだ。


 風が、さっきまでの荒れた流れをなだめるように、畑の上をさらさらと撫でていく。


 体の奥には、まださっきなぞった“輪”の感覚が微かに残っていた。


(まさか、廻影の力もスキルの能力で使えるとは)

 そんなことを考えながら、俺はロックボアの牙の入った袋を肩に担いだ。


(ルデスとリーナには、帰ってから話そう)


 全部じゃなくていい。

 どこまで言うかは…その時考えよ。


 餓影とも、この世界とも、もう深く関わってしまっているのだと、ぼんやり思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ