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112.違和感

 翌日。


 ちゃんと寝たはずなのに、胸のあたりに石が乗ってるみたいに重かった。


 (……生きてる)


 目を開けて、まずそれを確認してから、ゆっくり体を起こす。


 少しして、ルデスから呼び出しが来た。


◆◇◆◇◆


 呼ばれたのは、学園の端の小さな応接室だった。


 窓は半分カーテンで隠れていて、机と椅子がいくつか並んでいるだけの質素な部屋。


 先に来ていたルデスが椅子に座り、その向かいにはフードを深くかぶった細身の人影がいた。


 「来たか、レン」

 ルデスの声に、フードの人影が顔をこちらに向ける。


 見覚えのある顔。

 「……リゼさん」


 名前を出すと、彼女はほんの少しだけ顎を引いた。

 「久しぶり」

 それだけ。

 抑えた声は、前と変わらない。


 そこへ、少し遅れて扉が開く。

 「お待たせ」

 入ってきたリーナは、部屋を見回してから、リゼを見つけて一瞬だけ動きを止める。

 「リゼさん……」

 すぐに笑顔は作る。

 でも、目の奥だけが笑ってなかった。


 四人とも席に着くと、ルデスが短く事情をまとめる。


 ここ数日、少し“きつい訓練”をしていたこと。

 その結果の確認を、リゼに頼みたいこと。

 リゼはそれ以上、何も聞かなかった。


 「順番に見るわね。殿下から」


 ルデスとリーナの鑑定は、あっさり終わった。


 必要最低限のステータス提示だけだった。

 ふたりともレベル上がってるのには驚いているみたいだった。


 「次、レン」

 名前を呼ばれ、椅子から立ち上がる。

 リゼと正面から向き合う形になった。

 彼女はじっとこちらを見て、少しだけ首を傾げる。


 「顔つき結構変わったわね」


 その後静かに呟いた。

 「――鑑定」


 指先の前に、淡い光が走る。

 空気がわずかに揺れ、透明な板のようなものが目の前に浮かんだ。


 光が強くなり、数秒後、淡く文字が浮かび上がる。


――――――――――


【鑑定結果】

名前:レン・ヴァルド

年齢:17

職業:冒険者(Dランク)

レベル:71

HP:660/660

MP:210/210

筋力:123

敏捷:826

耐久:107

知力:360

器用:250

運:102


――――――――――


スキル

・ショートウェポンマスター(Lv3)

 使用者の腕より短い武器を装備時、Lvごとの補正を得る。

 条件外の武器装備時は効果無効。Lvupで敏捷上昇率×1.1。


 ▼レベル進化

 Lv1:どんな短い武器でも直感的に扱える。技術補正付与。スピード補正×1.5。

 Lv2:武器本来の“真の力”を引き出す(魔力を宿す短剣使用時のみ魔法使用可)。スピード補正×2.0。

 Lv3:一度使用した短武器の特性を他の短武器にも応用できる。スピード補正×2.5。


――――――――――


所持技術

・生活魔法(Lv2)

・基礎剣術(Lv4)



 光が消える。


 「……レベル、そんな上がる?」

 自分の口から出た声が、少しだけ上ずっていた。

 ついこの前まで、あの数字は二十台か三十台いかないぐらいだったはずだ。


 敏捷の桁を見たところで、頭の奥がじわっと冷たくなる。

 (あの中で、どれだけ走って、どれだけ斬ったんだ)



 リゼは、もう一度だけ数字をなぞるように目を走らせ、それから指先を軽く振った。


 光の板が霧のように消える。


 「短期間でここまで数字が伸びるのは、普通じゃない」

 淡々とした声。


 「みんなして一体どんな戦いをしたのだか」

 そう言って、俺とリーナの顔を順番に見る。


 余計なことは聞かない。

 けど、「何も知らない」って顔でもない。


 「……それと」

 ルデスが口を開く前に、リゼの方から続けた。

 「三百年前のエルフ剣士の件ね。

  王の刃の私の剣とあなたの剣の」


 俺の喉が、勝手に鳴った。

 昨夜、ルデスに話した内容だ。


 あの黒い空間で、刃の声が言っていたこと。

 エルフで、王に仕えていた剣士を探してほしいという条件。

 「王城の記録庫を当たる。

  年代と種族と、剣士って条件がそろってるなら、何かしら残ってるはず」


 「頼めるか」

 ルデスが真剣な顔で訊ねる。


 リゼは、あっさり頷いた。

 「殿下の命令なら最優先。

  何か見つけたら、すぐ知らせる」


 「助かる」

 ルデスが短く答える。


 そこで、一度話が切れた。


 リゼは立ち上がり、フードを少し整える。


 「私もこの剣について

 少し知りたかったからちょうどいいわ」


 「こっちは“昔の持ち主”を探す」


 ルデスが頷く。

 「分かった。こっちもそれに合わせて動く」


 リーナも、「うん」とだけ返した。


 「じゃあ、私はこれで」

 リゼは扉の方へ歩き、ノブに手をかけたところで、ふと振り返る。

 「レン」


 名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。

 「だいぶ強くなったわね」


 「……え?」

 間抜けな声が出た。


 リゼは、ほんの少しだけ目を細める。

 そして、今度こそ部屋を出ていった。


 扉が閉まる音が、妙に響いた。


 リーナが、苦笑ともつかない顔で言う。

 「こっちの中身まで、全部見透かされてるみたい」


 「助かるさ」

 ルデスが軽く笑ってみせた。

 「箱の話を根掘り葉掘り聞かれても、説明できない」


 「それは……そうね」

 リーナも笑おうとして、途中で少しだけ表情が固まる。


 「ごめん、今日はもう戻る。やらないといけないことたまってるし」

 そう言って立ち上がる動きは普通なのに、背中はどこかぎこちない。


 「無理はするな」

 ルデスの言葉に、リーナは手だけひらっと振って、部屋を出ていった。


 応接室には、俺とルデスだけが残る。

 「レン」


 「……うん」


 「しばらくは、何も考えずに寝ろ。

  箱の続きとか、鍛え直すとか、今はそれを考えるな」


「……考えてないよ」

 口ではそう言いながら、足元の感覚が少しふわついている。


 部屋を出て、寮への廊下を歩く。


 窓から見える夕焼けは、いつも通りの色なのに、

 影だけが、少し長く見えた。


 胸の奥がざわつく。


 それでも、とりあえず、自分の部屋まで歩いていって、

 扉を開けて、閉めることだけは――ちゃんとできた。

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