110.彼岸の夢
闇の中に、また立っていた。
音がなく、
匂いもなく、
ただ、黒いだけの空間。
「おかえり」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、そこに“それ”がいた。
全身が刃の線でできた人影。
右手には、あの短剣。
「……王の刃」
名前を口にすると、“それ”は肩をすくめた。
「二度目だな、レン・ヴァルド」
前と同じ、どこか楽しそうな目だ。
「どうだ。初めての“死んだ感覚”は」
「最悪だよ」
間髪入れずに答えた。
「痛いし、苦しいし、終わったと思ったらまたここだし」
王の刃は、どこか楽しそうに目を細めた。
「――で、レン・ヴァルド。
お前は、なんで死んだと思う?」
「俺が弱かったからだろ」
そう言うと、王の刃は首を横に振る。
「半分は正解だが、半分は違う」
ゆっくりと、こちらへ一歩近づく。
「さっきの熊ども。
全快の状態のお前なら、ほとんど傷も負わずに終わらせられたはずだ」
言われて、胸の奥がちくりとした。
怪我の痛み。
疲労で少しだけ鈍った判断。
一体倒した後の慢心
それが積み重なって、最後の一撃をもらった。
「図星だな」
王の刃が、くつくつと笑う。
「何も言ってないのに、まるで聞こえてたみたいな返事だな」
「当たり前だろう」
肩をすくめる仕草。
「ここは俺の内側だ。
この空間にいる間、お前の考えくらい、全部分かる」
言い方は軽いが、目だけは真剣だ。
「……で?」
自分でも少し投げやりな声になる。
「わざわざ呼び出して、説教しに来ただけか?」
「いや、話はそこからだ」
王の刃は、右手の短剣を軽く掲げた。
「もしだ」
低い声になる。
「その怪我や疲労、削られた分を、“戦いの最中でも”なかったことに出来る、と言ったらどうする?」
「……は?」
思わず変な声が出た。
「それ、さすがに盛りすぎだろ。
お前の力って、『一撃を重くする』とか、そんな感じだったんじゃないのか?」
「はは」
王の刃が、鼻で笑うが目は笑ってない。
「そんな安っぽい能力だと思っていたのか。
“王の刃”と呼ばれてきた武器が、それだけのわけないだろう」
少しだけ、周囲の闇がざわりと揺れた。
「俺は周りの魔力を吸い上げることが出来る。
そして、“刃として振るう”以外にも、その魔力を直接扱える」
「直接……?」
「斬るだけじゃないってことだ」
意味はまだぼんやりしているが、
少なくとも“ただの攻撃力アップ”じゃないのは分かった。
「その力を、お前に使わせてやる」
王の刃は、はっきりと言う。
「ただし――条件付きだ」
「なら断る」
反射的に返した。
「条件付きの力なんて、ろくなもんじゃない」
「最後まで聞け」
王の刃は、少しだけ目を細めた。
「そんなに難しい話じゃない。
三百年前に俺を振るっていた奴に、もう一度会わせろ。それだけだ」
「……は?」
今度は、さっきより間抜けな声が出た。
「どこにいるかも分からないだろ。
そもそも三百年前って、人間ならとっくに――」
「大丈夫だ」
王の刃は、ぴしゃりと言い切る。
「そいつは人間じゃない。エルフだ。
今で、五百歳くらいのはずだ」
「五百……」
言葉が止まる。
「生きてるのか、それ」
「エルフの寿命の長さで言えば、まだまだだな」
王の刃は、さらっと言ってのける。
「三百年前、そいつは“王に仕えていた”。
俺を捨てたときも、王都にいた。
今もどこかで、王国と関わってるはずだ」
そこで、一度だけ言葉を区切る。
「王城の連中は昔話が好きだ。
あの第二王子にでも聞けば、何かしら手掛かりは出てくるだろう」
「……ルデスに、か」
王の刃は無言で頷く。
「どうだ、レン・ヴァルド。
そいつを探し出して、俺の前まで連れて来られるか?」
(なんで、三百年前の持ち主にそこまでこだわるんだ)
そう思ったが、口には出さなかった。
王の刃は小さく笑う。
「理由までは、お前には言う必要ないだろう。
ただ、あいつに合わせてくれれば俺はお前に力を貸してやる」
「力、ね」
「そうだ」
刃の輪郭が、わずかに光を増す。
「条件を満たしたら、その時は教えてやる。
俺の“もう一つの使い方”も、全部な」
闇の中に、細かな亀裂のような光が走り始めた。
音が戻る前の、静かな瞬間。
「……そのくらいなら、いいよ」
短く、そう答えた。
「ルデスに聞いて、手掛かり探してみる」
王の刃は、満足そうに笑う。
「よし。じゃあ、話は終わりだ」
光が一気に強くなる。
足元が崩れ、体が上へと押し上げられていく感覚。
「忘れるなよ、レン・ヴァルド」
遠くで、声が響く。
「三百年前の持ち主を、俺の前まで連れて来い。
それが果たされた時――俺の力を貸してやる」
視界が白く弾けた。
黒い空間がほどけていき、
俺は再び、現実の光の中へと押し戻されていった。




